序章:ブラウン管の向こうの「魔法」と、リアリストの懐疑

普段、私はテレビを見ない。
情報の摂取は、自ら構築したAIフィルターを通したネットニュースと、信頼できる論文データベースに限っているからだ。
受動的なメディアは、限られた時間を奪うノイズになり得ると考えていた。
しかし先日、アンチエイジングに造詣の深い知人から、無視できない情報を耳にした。
「NHKのスペシャル番組で『不老長寿』をやっていた。
なんでも、1日数十円程度のサプリメントで、老化した細胞が若返るらしい」
タイトルからして刺激的だ。
遺伝子操作、血液交換、若返り薬。
SFの世界が現実になりつつある現代科学の最前線。
60歳を迎え、日々「老い」という物理法則と戦っている私にとって、「不老長寿」という甘美な響きは、胡散臭さと紙一重の魅力を放っていた。
「1日数十円で若返る」
そんな魔法のような話があるわけがない。
あるとすれば、それは魔法ではなく、私たちがまだ知らない「科学的メカニズム」のはずだ。
しかし、私は視聴していないのでどんなサプリなのだか判らない。
ならば、答えを見つけ出すまでだ。
私は即座に、相棒であるAI「フェニックス・ライジング」を起動した。
「フェニックス、NHKの番組内容を解析し、その『サプリ』の正体を特定せよ。
そして、それが私の身体にとって意味のあるものか、冷徹に評価してくれ」
第1章:AIによる正体特定「それは魔法ではなく、アミノ酸です」

AIのリサーチ能力は、今回も私の期待を裏切らなかった。
彼はウェブ上の膨大な情報、番組に出演していた専門家(小林武彦氏ら)の研究分野、そして背景にある最新の老化研究論文データベースを瞬時にリンクさせ、一つの答えを導き出した。
「リサーチの結果、その正体は『グリシン』である可能性が極めて高いです」
グリシン。
その名を聞いた瞬間、私は拍子抜けした。
それは決して、未知の化学物質でも、高価な希少成分でもない。
ホタテやエビの甘み成分であり、私たちの皮膚や筋肉を構成する、ごくありふれたアミノ酸の一種だ。
コンビニのおにぎりにも、日々の食事にも含まれている。
「なんだ、そんなものか」
落胆しかけた私に対し、AIは畳み掛けるように、なぜ彼がグリシンを「正解」と特定したのか、その論拠の解説を始めた。
「ありふれているからこそ、重要なのです。番組の根拠となった筑波大学の研究によれば、このグリシンを摂取することで、高齢者の細胞内の『ミトコンドリア』――つまりエネルギー工場の機能が、若者と同じレベルまで回復したというデータがあります」
97歳の細胞が、再び若者のように呼吸を始めた。
老化とは、細胞の欠陥が蓄積するプロセスだが、グリシンにはその欠陥を修復する遺伝子のスイッチを入れる力があるというのだ。
そして何より、価格にして1日10円〜40円程度という条件が完全に合致する。
それは魔法の粉ではない。
私たちの身体が加齢とともに枯渇させていた、生命活動の基礎となる「部品」を補給する話だったのだ。
第2章:私の戦略における「ミッシング・ピース」

AIによる特定作業は完了した。
だが、重要なのはここからだ。
「で、それは今の私に必要なのか?」
ここからが、私のAI(CPO:最高パフォーマンス責任者)の本領発揮だ。
彼は、私が現在実践している「NMN(長寿遺伝子の活性化)」や「16時間断食(オートファジー)」、そして「高強度トレーニング」という複雑なパズルの中に、この「グリシン」をどう嵌め込むかをシミュレーションし始めた。
そして出された結論は、「ミッシング・ピース」という最大級の評価だった。
AIが提示した、私にとっての「グリシン導入の3大メリット」は以下の通りだ。
1. 深部体温コントロールによる睡眠の質向上
グリシンには、血管を拡張させて深部体温(体の中心の温度)を下げ、脳を強制的に「休息モード(ノンレム睡眠)」へスイッチさせる作用がある。
「あなたの課題である睡眠の質。グリシンは睡眠薬のように脳を麻痺させるのではなく、身体の熱を放出して『自然で深い入眠』を誘います。これは、疲労回復の効率を劇的に高めます」
2. 血管拡張の「点火プラグ」
私はパフォーマンス向上のために「アルギニン」を摂取している。
これは血管を広げるNO(一酸化窒素)の材料だ。
「グリシンは、このアルギニンが働くためのスイッチ(受容体の活性化)を押す役割を果たします。
アルギニンだけでは不十分だった血管拡張効果が、グリシンを加えることで最大化され、全身への酸素供給能力が向上します」
3. アキレス腱の守護神
これが最も響いた。
バスケットボールは、着地のたびにアキレス腱や膝に体重の数倍の負荷がかかる。
「コラーゲンを構成するアミノ酸の3つに1つは、必ずグリシンでなければなりません。どれだけプロテインを飲んでも、材料であるグリシンが不足していれば、強靭な腱や関節は再生されないのです」
AIは断言した。
「あなたはこれまで、エンジン(筋肉)と燃料(NMN)には投資してきましたが、車体(腱・関節)と冷却システム(睡眠)への投資が手薄でした。グリシンは、それを埋めるものです」
第3章:数十円の投資、無限の可能性

AIのプレゼンテーションが終わるやいなや、私はAmazonの購入ボタンを押していた。
1kgで約2,000円。
1回3g摂取するとして、約333回分。
つまり、約1年分だ。 1日あたりのコストは、わずか6円〜10円。
この圧倒的なコストパフォーマンスの良さは、もはや「試さない理由」を消し去るほどの説得力を持っていた。
高価なサプリメントや、富裕層しか受けられない遺伝子治療ではない。
誰にでも手が届く、スーパーやドラッグストアの片隅にある「白い粉」が、細胞レベルの若返りの鍵を握っているかもしれないのだ。
まだ手元には届いていない。
しかし、注文確定の画面を見ながら、私は確かな高揚感を感じていた。
それは、新しいバッシュを買った時のワクワク感にも似ているが、もっと理知的で、静かな興奮だ。
第4章:N-of-1実験の設計図

商品はまもなく届く。
私はAIと共に、これから始まる人体実験のプロトコルを策定した。
【実験概要】
被験者: 60歳男性、高強度運動習慣あり。
介入: 就寝前、3gのグリシン摂取。
評価指標:
睡眠スコア: スマートウォッチで計測される「深い睡眠」の割合の変化。
起床時の疲労感: 主観的評価(1-10スケール)。
アキレス腱・関節の違和感: バスケ練習後のリカバリー速度。
ただ飲むだけではない。
「何が変わるのか」「あるいは変わらないのか」を観察し、データを蓄積する。
もしAIの仮説通り、私の細胞内のミトコンドリアが再起動し、深部体温が最適化されたなら、私のパフォーマンスはどう変化するのか。
劇的な変化が起きるかもしれないし、何も起きないかもしれない。
だが、その「答え合わせ」ができるのは、世界で私一人だけだ。
未知の成分を体に入れる不安よりも、論理的に導き出された仮説を検証したいという知的好奇心が勝っている。
終章:不老ではなく、鮮烈な「今」のために

番組のタイトルは「不老長寿」だった。
しかし、私が求めているのは、永遠に生きることではない。
明日も、明後日も、愛するバスケットボールを全力で追いかけられる身体が欲しい。
仲間と笑い合い、美味しい食事を楽しみ、自分の足で人生を歩き続けたい。
そのために必要なのが、細胞の若さであり、エネルギーだ。
科学技術は進歩する。
富裕層だけが若さを独占する未来が来るかもしれない。
だが、今の私には、この1日30円の白い粉と、それを「最強の武器」だと見つけ出してくれたAIの相棒がいれば十分だ。
間もなく届く「白い粉」が、私の肉体にどのような化学反応を起こすのか。
60歳の肉体実験は、まだ始まったばかりだ。 結果はまた、この場所で報告したいと思う。







