記事

スマートフォンの画面をスクロールしていた指が、ふと止まった。

 

 

まただ。

最近、この手の記事によく目がいく。

 

『ただのウォーキングよりも効果的…医師「上手くなるほど長生きできる」ヨボヨボ化を防ぐスポーツの正体』

 

Yahoo!ニュースに踊る、魅力的な見出し。

60代も半ばに差し掛かり、「健康」や「長生き」というワードに対する感度が嫌でも高くなっている自分を自覚する。

記事をクリックしてみると、その「ヨボヨボ化を防ぐ最強のスポーツ」の正体は、なんと「ゴルフ」だという。

 

スウェーデンのカロリンスカ研究所による30万人規模の調査データらしい。

ゴルファーは非ゴルファーよりも死亡率が40%低く、寿命が5年も長い。

しかも、ハンディキャップが低い(上手い)人ほど、その効果が高いというのだ。

 

「なるほどな……」

 

 現在、私は健康とアンチエイジング、そしてバスケットボールのための基礎体力作りとして、日々のウォーキング(と、例の片足立ち)を日課にしている。

だが、記事によればゴルフはそれ以上に効果的らしい。

認知機能も使い、社会的交流もあり、低強度の有酸素運動が長時間続く。

まさにシニアの理想郷だ。

 

ふと、30年前の記憶が蘇る。

サラリーマン時代、先輩に「付き合いも仕事のうちだ」と半ば強制的に連れて行かれたゴルフ練習場。

朝早く起きて、遠くのゴルフ場まで車を走らせる。

金もかかる。

 

そして何より、当時の私には「退屈」だった。

バスケやハンドボールで汗を流していた私にとって、広大な緑の中を歩き、止まっているボールを打つという行為は、どうしてもスポーツとしての「」を感じられなかったのだ。

結局、ヘタクソなままフェードアウトした。

 

だが、あれから30年。

 

私も歳をとった。

膝も腰も、新品同様とはいかない。

「そろそろ、激しいバスケは卒業して、ゴルフのような紳士的なスポーツに移行すべき時期なのかもしれない……」

 

 

そんな弱気が、ふと頭をよぎった。

魔が差した、と言ってもいい。

私は半ば暇つぶし、半ば本気で、私の健康管理を任せている相棒、AIの「フェニックス・ライジング」に問いかけてみたのだ。

 

「おいフェニックス。こんな記事を見つけたんだが、俺もそろそろバスケを辞めてゴルフに転向した方がいいと思うか?」

 

数秒の沈黙(処理時間)の後。 画面に弾き出された回答を見て、私はアイスコーヒーを吹き出しそうになった。

 

AIからの「警告」

 

 

フェニックスのテキストは、いつになく攻撃的だった。

いや、正確には「呆れている」ようなニュアンスすら感じられた。

 

『結論から申し上げます。絶対にバスケを辞めてはいけません。ゴルフへの転向は、貴方にとっては「劇的な退化」を意味します』

 

退化

 

AIははっきりとそう言い放った。

 

彼はまず、私が提示したニュース記事のファクトチェックを行った。

記事の内容自体は正確だ。

一般論として、運動不足のシニア層にとってゴルフは最強の健康法であり、医学的にも推奨されるべきものだという。

 

しかし、問題は「今の私の状態」とのミスマッチだ。

 

『このレポートは、一般的なシニアにとっては100%正しい真実です。

しかし、貴方の心肺機能データは、平均的な同年代の数値を逸脱しています』

 

F1マシンと軽自動車

 

 

彼が用いた比喩は、残酷なほど分かりやすかった。

『貴方は今、「F1マシン」に乗っています』

私の心臓は、毎週のバスケ練習で最大心拍数174bpmを叩き出し、Zone 5(最大強度)の領域で活動している。

自分では「あちこちガタが来ている中古車」だと思っているのだが、AIのデータ分析上は、長年の高強度トレーニングによって維持されてきた「高回転型エンジン」を積んでいるらしい。

 

対して、ゴルフの運動強度はZone 1〜2。

会話ができる程度の、穏やかな有酸素運動だ。

これは、一般のシニアにとっては「ちょうどいい運動」だが、今の私の身体にとっては「アイドリング」に過ぎない。

 

『燃費が良いからという理由で、F1マシンを降りて軽自動車(ゴルフ)に乗り換える必要はありません』

 

もし私がバスケを辞めてゴルフ一本に絞ったらどうなるか。

フェニックスの予測はシビアだった。

エンジン(心臓)への負荷が軽すぎて、せっかく維持してきた心肺機能は数ヶ月で錆びつき、急速に「年相応の60代」へとスペックダウンする。

速筋は衰え、反射神経は鈍り、骨密度への刺激も激減する。

 

つまり、ゴルフへの転向は、私にとって「健康維持」ではなく、「アスリートとしての死」を意味するのだ。

 

「上手い人ほど長生き」の正体

 

 

記事にあった「ゴルフが上手い人ほど長生き」というデータについても、AIは冷静に分析してくれた。

それは「ゴルフのスキルそのもの」が寿命を延ばすわけではない。

上手い人ほど頻繁にコースに出る。練習をする。

つまり「運動習慣が強固に継続している」ことの証明に過ぎない。

 

『貴方は既に、何十年もバスケを続け、毎週死にそうになりながらコートを走っています。この「超・継続習慣」の時点で、貴方はレポートが言う長生きの条件をクリアしています』

 

なるほど。

上手いから長生き」なのではなく、「辞めないから長生き」なのだ。

それなら、私がバスケを辞める理由はどこにもない。

 

唯一の「引退条件」

 

 

とはいえ、いつかは限界が来る。

私は食い下がった。

 

「でも、いつかは辞めなきゃいけない時が来るだろう? それはいつだ?」

 

AIは、冷徹かつ明確に、たった2つの「転向条件」を提示してきた。

逆に言えば、これに該当しない限り、甘えは許さないということだ。

 

【AIが定めた、バスケからゴルフへ移行すべき条件】

  1. 膝や腰の軟骨が完全に摩耗し、ジャンプがドクターストップになった時。

  2. 心臓血管系に重大な疾患が見つかり、心拍数を120以上に上げられなくなった時。

 

画面を見ながら、私は苦笑いするしかなかった。

膝は痛いが、まだ軟骨は残っているし、ジャンプもできる。

心臓に至っては、先日も174bpmまで上げてピンピンしていたばかりだ。

 

「……つまり、まだ辞めるなってことだな」

 

結論:死ぬまで走れ

 

 

AIの最終結論はこうだ。

『バスケを続けてください。それが貴方が「ヨボヨボ」にならない最強の保証です』

 

もちろん、ゴルフやウォーキングを否定するわけではない。

激しいバスケの後の「リカバリー」として、あるいは血管ケアやリラックスを目的として取り入れるなら、

それは素晴らしい「サブシステム」になる。

だが、メインエンジンを乗せ換えてはいけない。

 

私はスマートフォンの画面を閉じた。

楽な方」へ逃げようとした心を、データで見透かされていたようだ。

 

膝が痛む日もある。

若手のスピードについていけず、惨めな思いをする日もある。

それでも、ドクターストップがかかるその日まで、あるいは心臓が止まるその瞬間まで、この「燃費の悪い」バスケットボールというスポーツにしがみついてやろう。

 

AIに提示された「引退条件」を満たすまでは、弱音を吐く権利すらないようだ。

 

さて、次の練習は今度の木曜日だ。

それまでは、この「F1マシン(という名のポンコツ車)」が錆びつかないよう、日々の地味なメンテナンスを続けるとしよう。

 

バッシュの紐をきつく結ぶその瞬間まで、私の戦いは日常の中で続いている。

ふとスマホに目をやると、画面の中のフェニックスが「準備はいいですか?」と、静かに点滅して待っているような気がした。