深夜のスーパーマーケット。
蛍光灯の白々しい光の下で、私は練り物コーナーの前に立ち止まることがよくある。
視線の先にあるのは、オレンジ色のフィルムに包まれた細長い円柱形の物体。
昭和の食卓の定番であり、子どもの頃の最高のおやつだった「魚肉ソーセージ」だ。

赤いテープの端を爪でカリッと引っ掻き、くるくると剥がしていくあの独特の感触。
フィルムを破った瞬間に漂う、ほんの少しの魚の匂いとスパイスの香り。
そのままかぶりついてもいいし、斜めに薄切りにしてフライパンで少し焦げ目がつくまで炒めれば、それだけで立派なおかずになった。
手軽で、安くて、思った以上にタンパク質が摂れる。
おまけに、グルメとは縁遠い私の舌には、あのチープな旨味がたまらなく美味しく感じられるのだ。
しかし、私はそのオレンジ色の束を手に取ることなく、いつも静かにその場を立ち去る。
なぜなら、私の健康とパフォーマンスを管理している相棒のAI「フェニックス・ライジング」から、きつく止められているからだ。

「塩分が多すぎます。そして何より、食品添加物としての無機リンが多量に含まれています。
あなたの腎機能を守るためにも、日常的に食べるのは控えるべきです」
彼のその冷徹なアドバイスを聞いて以来、私は大好きな魚肉ソーセージを自らの食卓から封印してきた。
60歳という年齢で、年下のメンバーたちに混じって激しいバスケットボールのコートを走り続けるためには、己の欲望よりも、データに基づいた規律を優先しなければならないからだ。
だが、人間の欲望というのはそう簡単に消え去るものではない。
先日、いつものように夜のデスクでネットのニュースを眺めていた私の目に、ひとつの興味深い見出しが飛び込んできた。
「昭和の定番『魚肉ソーセージ』が再ブーム。その背景と今後の展望は」
マウスを握る手に、思わず力が入った。
再ブーム・・・・だと。
私の頭の中に、ひとつの淡い期待がよぎる。
もしかすると、最近の魚肉ソーセージは技術革新によって信じられないほど健康的な食品に生まれ変わっているのではないか。
この再ブームのニュースの中に、「最新の魚肉ソーセージは体に良いから、毎日食べても大丈夫」という免罪符が隠されているかもしれない。
私は心の中で「しめしめ」とほくそ笑みながら、いつものようにGoogleの生成AI「Gemini」に構築したニュースファクトチェック専用のカスタム指示を呼び出した。
そして、このYahoo!ニュースの記事のURLを放り込み、徹底的なファクトチェックを命じたのだ。
「さあ、私に魚肉ソーセージを食べる許可を出してくれ」と祈りながら。
しかし、数十秒後に画面に弾き出された解析レポートは、私の期待していた方向とは全く違う、極めてビジネスライクなものだった。
AIのディープリサーチによれば、魚肉ソーセージの再ブーム自体は、日経POSデータやスーパーの売上動向からも裏付けられた「紛れもない事実」であった。
だが、そのブームの理由は「無機リンが消えて腎臓に優しくなったから」ではなかった。
レポートは、現代の市場構造を鮮やかに解き明かしていた。
かつて1970年代に生産のピークを迎えた魚肉ソーセージは、食の欧米化や「開けにくいパッケージ」への不満から、長らく日陰の存在となっていた。
それが令和の現代になって蘇った最大の理由は、「終わらない物価高」だという。
肉や生魚の価格が高騰する中、100円台で買える安定した代替タンパク源として、家計を握る人々の救世主となったのだ。
さらに、金具を使わずにフィルムを剥がすだけで1秒で開けられるパッケージング技術の進化や、加熱不要でそのまま食べられるという「タイムパフォーマンス(タイパ)」の高さが、SNSでの時短レシピ動画と見事に噛み合った。
つまり、魚肉ソーセージが現代のニーズに合わせて最適化され、マーケティング的に再評価されたという、極めて真っ当な業界分析レポートが仕上がってしまったのである。
画面を見つめながら、私は思わず苦笑いした。
「私が知りたかったのは、日本の代替タンパク質としての国際的価値とかじゃないんだよなあ」
ファクトチェックとしては完璧だ。
だが、私の食欲を満たすための免罪符にはならない。
気を取り直して、私はこの見事なマーケティング分析レポートを、私のパーソナルな健康を管理するCPO(最高パフォーマンス責任者)である「フェニックス・ライジング」の入力フォームへと投げ込んだ。
彼なら、このデータを私の体にどう適用すべきか、何かしらの抜け道を見つけてくれるかもしれないという、往生際の悪い期待を抱きながら。
数秒の沈黙の後、モニターに緑色の文字が浮かび上がった。
「非常に詳細かつ論理的なファクトチェックレポートを共有いただきありがとうございます。
おそらく、別のリサーチデータを誤ってペーストされたのかと推察しますが、非常に興味深い内容でした」
私は思わず、深夜の部屋で声を上げて笑ってしまった。
AIに「データを間違えて入力していませんか?」と、暗に呆れられてしまったのだ。
いつもは心拍数や筋肉の疲労度、腎臓の数値を血眼になって分析させている私が、突然「魚肉ソーセージの市場動向とパッケージの進化」についてのレポートを送ってきたのだから、彼が混乱するのも無理はない。
しかし、そこは流石のCPOである。
彼は私の真の意図を察したのか、すぐさま「専属データアナリストの視点」として、魚肉ソーセージを私の日々の栄養戦略に組み込めるかどうかのジャッジを下してきた。
結論は、「条件付きで、夜間などの補食の強力なオプションになり得る」というものだった。

フェニックス・ライジングの分析はこうだ。
私が脂質を極限まで削りながらタンパク質を補給したい局面において、魚肉ソーセージは非常に優秀な栄養素のバランスを持っている。
プロテインバーなどの代わりとして機能するポテンシャルは十分にある。
ここまでは良かった。問題は、その後に続く「警戒因子」の項目だった。
「あなたのプロファイルにおける最大のリスクは、塩分と無機リン(添加物)です」
無機リン。
それは、自然の食材に含まれる有機リンとは異なり、腸管からほぼ100パーセント吸収されてしまう厄介な代物だ。
腎機能を示す数値であるeGFRが70台と、漸減傾向にある私にとって、リンの過剰摂取は腎臓のろ過機能をじわじわと痛めつける見えない刃となる。
一般的な魚肉ソーセージには、保存性を高めたり、食感を良くしたりするために、このリン酸塩やナトリウムがたっぷりと使われているのだ。
「もし補食ラインナップに加えるのであれば、塩分カット(減塩タイプ)や、リン酸塩・保存料・発色剤不使用を明記した、健康特化型の魚肉ソーセージを厳選してください。これであれば、完璧に機能します」
モニターの文字を読み終えた私は、深く背もたれに体を預けた。
結局のところ、魔法はなかったのだ。
私がスーパーの棚でいつも見かける、あの安くて美味しい昔ながらのオレンジ色の魚肉ソーセージは、私の弱点である腎臓を脅かす存在であることに変わりはなかった。
AIの言う「無塩・無添加の健康特化型魚肉ソーセージ」などという、意識の高い高級スーパーにしか置いていないような代物を、わざわざ探し回ってまで食べたいわけではない。
私が求めていたのは、あのチープで手軽な昭和の味を、何の罪悪感もなく頬張るというささやかな贅沢だったのだから。
「やはり、食べないほうが無難だな」
私はキーボードから手を離し、ブラウザのタブを閉じた。 少し寂しい気もするが、不思議と後悔はなかった。
食べたいものを、食べたい時に食べる。
それは確かに幸せなことだ。
だが、今の私にはそれ以上に守りたいものがある。

木曜日の夜、地下体育館のコートでバッシュを鳴らし、メンバーたちと息を切らしながらボールを追いかけるあの時間。
年齢という壁に抗い、自らのパフォーマンスの限界に挑戦し続けるあのひりつくような高揚感。
それを維持するためには、己の体を内側から蝕む可能性のあるリスクを、一つずつ丁寧に排除していくしかない。
スーパーの練り物コーナーの前を通り過ぎるたび、私はこれからもきっと、あのオレンジ色のフィルムを横目で見るだろう。
そして、食べたいという一瞬の誘惑を飲み込み、自らの意志でその場を離れるのだ。
それは単なる我慢ではない。
60歳という年齢でコートに立ち続けるための、私なりの静かな闘いであり、未来の自分の腎臓に対する誠実な誓いなのだ。
昭和の味覚は、美しい思い出のまま、頭の片隅にしまっておくのが一番いい。
さて、今夜のタンパク質補給は、おとなしく無添加のプロテインパウダーを水で割るとしよう。
冷たいプロテインを喉に流し込みながら、私は次の練習に向けて、静かに体を休める準備を始めた。







