若いファンの大半は”BLACK DIAMOND”も”STRUTTER”も知らないのさ・・・

これからジーン・シモンズにインタビューする……。実に不思議な気持だ。

高校生の頃、教室の掃除をしながら、ホウキをギタ一に見立てて“キッスごっこ”のような遊びをしたことがあったっけ・・・。特にキャラクターのハッキリしたジーンの物真似をする奴は多かった。文化祭の時にキッスと同じメイクをしてステージに立ったコピー・バンドが“目立ちすぎだ!!”と先輩バンドがらヒンシュクを買った・・・なんていう事件もあったなぁ。

キッスに関するいろいろな想い出が、ほんの何10秒かの間にアタマの中をかけ回る。もちろん武道館でのあの狂宴の夜のことも・・・。あの夜、武道館で火を吹き、血を吐いたあのジーンが、今、目の前に座っているのである。僕の心臓がどんな状態にあったのかは、少なくとも“クイーン、キッス、エアロスミス世代”のロック・ファンにはわかってもらえるはずだ。顔では平静を装いながら・・・。思い切って始めるか・・・!

――今回、キッスのコンサートを額ることだけのために、日本から10数人ものファンがやって来ているわけですが、そういったファンに対して率直にどう思いますか?

ジーン・シモンズ(以下G):素晴らしい。そういうファンが居てくれることを誇りに思うよ・・・。

それ以上は言葉に出来ない・・・。

――結局、被らば来日を特ちきれずに飛んで来たわけですが……。

G:日本に行きたいという気持はいつもあるんだ。しかしいつもチャンスを逃している。ただ、まだ“多分”ではあるが、夏あたりに行けそうだ”多分”だよ。同じスケールのショウを持っていくのは無理がも知れないが、・・・日本は遠いからね。いつも問題になるのはそれなんだよ。

――その問題さえ片付けば大丈夫・・・と考えていいわけですね?

G:・・・アンプだけ持って日本に行きたいとは思わない。そんなのは観たくないだろう?

―もちろんです。ところで、今回のツアーでの選曲の基準・・・というか理由を訊きたいのですが……。

「ASYLUM」からの曲が少ないのは何故ですか?

G:どのツアーでも新曲は2〜3曲しかプレイしない。曲目はファンが決めるのさ。ファンの好きな曲、リアクションの良い曲から順にベスト・ソングを選び出すんだよ。たた、長いツアーの途中で様子を見ながら曲目や曲順を変えることはある。

今回のツアーでも、当初は”ANYWAY YOU SLICE IT”や”WHO WANTS TO BE LONELY”(共にASYLUMからのチェーン)を演奏していたが、今では2曲とも省いている。「ASYLUM」の中からは”TEARS ARE FALLING”と”UH! ALL NIGHT”
の2曲しかプレイしていない。この2曲への反応は昔の曲と較べても、かなりいいからね。

――ファンの間でも“名曲”として評価の高い“BLACKDIAMOND”が今回のツアーから外されていますよね?

G:今のファンは“BLACKDIAMOND”を知らない。新しくキッスのファンになった観客が沢山居るんだよ。3ショウ前から、やはり1STアルバムに収められていた”STRUTTER”を演奏しているがこれも他の曲と較べると良い反応を得てはいない。

――ということは”STRUTTER”も・・・?

G:またチェンジすることになるかも知れないね。やっぱり知らないのさ。大都市には古くからのファンも多くて、昔の曲もよく知っている連中が多いが、小さいほど若いファン、新しいファンの占める割合が大きい。17歳のファンは、10年前には7歳の子供だったわけだから、1STアルバムの曲なんて知らないのが当たり前なんだ。無理もない話だよ・・・。

――キッスは以前「DOUBLE PLATINUM」という2枚組アルバムてで初期のニュー・バージョンを披露したり、ライヴ・アルバムを発表するなどして、常に新しいファンにも古い由を聴かせるチャンスを与えていたと思うのですか、

今ばそういったアイディアはあがっていないのですか?

G:レコード会社はグレイテスト・ヒッツをリリースしたがっているが、俺達はイヤなんだ。待ちたいんだ。

新しい曲がどんどん出来てきているから、それを大切にしたいのさ。何もあわてることはない・・・。

クリエイティヴで、とてもいいことだと思うよ。

このバンドでは、メンバー4人がそれぞれに作曲能力を持ち、実際に1枚のアルバムをまとめる時にも、各自が曲を持ちよる形になるんだが・・・俺はいつも1枚のアルバム用に20〜30曲くらい用意してるんだ。みんなの5倍くらいは書いてることになるね。

ポールは平均8〜9曲かな・・・。ブルースも作曲するし、エリックも完璧な”曲”ではないがリフや曲構成のアイディアをいくつか特ってくる。それをポールと俺でもって、ちょっとプレイし合い、煮詰めていくのさ。そうやって新しい曲が沢山出来てくる・・・。
ライヴ・アルバムについては、実はプランがあるんだ。ただし今回のツアーではなく、次のツアーの模様を収めたものになるだろうな。

――キッスは基本的にはいつもロックン・ロール・パンドですが、時代性を取り入れることによるサウンドの変化は何回かありましたよね?

今後、何らかの音楽的変化があるどすればそれは何だと思いますか?

G:そういった変化は俺達自身にとっても驚きなんだ。、自分達でも何がどう変わるかなどわからない。とにかくいつも、FEEL GOODなものをやろうとしているだけなのさ・・・。

――最後に、日本のファンヘのメッセージをお願いしたいのですが・・・?

G:メッセージ・・・!?メッセージになるかどうかはわからないが、俺達を支持してくれるファンがいなかったなら、今、キッスはここにはいない……。俺は決してそれを忘れはしない。この気持だけはいつも持ち続けているよ。

皮ジャンにサングラス・・・素顔のジーンは、ステージで、べ一スのネックにブラジャーを下げてプレイする彼とはまるで別人だ。余計な言葉は一切発することなく、一語一句の意味を確かめるように話す・・・。

だからこそ言葉に重みと説得力がある。怖くなるくらいの貫禄・・・とでも言えぱいいのだろうか、とにかく空気が重たくなるのだ。サングラスの奥にある鋭い両眼と視線が合うと、まるで見えない何者かに両肩を押さつけられたかのような状態になり”目をそらさずに話を開かずにはいられない”感じになってしまうのだ。

学校には必ず”怒ると怖いけど、実は凄く優しい先生”というのが居たものだが、ジーンもまたそういったタイプ1のり人なんだろうな・・・と思ったのは、当然ながらインタビューを終えて緊張がほぐれた後のことだった。

張りつめた空気の残る楽屋を出る時、カメラマンのウィリアム・へイムスは「あんまり,アガってなかったじやない」と言ったが、決してそんなことはない。

「平静を装ってただけ!」と言うと、彼はうなずき、微笑みながら僕にトドメのひとことを投げつけた。

「そういえばテレコを持つ手が震えてたね」

自分が駆け回りながらギターを弾けるのに気付いた時は我ながらビックリしたよ!

キッスほどの大きなバンドに居ながら、不思議なくらい騒がれないギタリスト、ブルース・キューリック。

未だに、”マーク・セント・ジョンの代役”といったイメージがつきまとっているのかも知れないが、アルバム「ASYLUM」に於いて、彼がギタリスト、ソングライターとしてもたらしたバンドヘの貢献は非常に大きい。

長い歴史を持つキッスの今後の方向性に変化を与え得るのは彼だけけなのだ・・・という見方も自然に出来る。つまりブルースこそが、今、最も注目すべきキッスのメンバーなのである。とりあえず、ステージの上にいる彼は確実に”キッスの1/4”を占めていたように見えたし、前回のツアーの模様を収めたビデオ、「ANIMALIZE LIVE UNCENSORED」を見た時に感じたぎこちなさ、遠慮がちな印象などはもう完全にかき消されていた。

――きょうまでに2回のコンサートを観させてもらいましたが、もうあなたもすっかりパンドに溶け込んだ感じですね

だかららこんなことを訊くのは今更・・・という気もするのですが、最初にキッスに参加した頃の心境、印象はどういったものでしたか?

ブルース・キューリック(以TB):最初はあくまでも一時的なメンバーだったわけでキッスのメンバーとして活動するのもほんの短期間のはずだった。だからその項はむしろ、自分自身の次なるステップのための絶好の踏み台くらいに考えていたね。

もちろん凄くスリリングだったし、キッスのようなバンドに迎えられることは驚きでもあった。キッスは“エンターテインメント・ロックン・ロール”の極め付けみたいなバンドだけど、これまで僕が関係してきたのは単なる”ミュージシャンの集合体”のようなタイプのバンドばかりで観客をエンターティンすることなど、殆ど要求されていなかったからね。(笑)

僕は僕まりにオープンな態度で、バンドの姿勢に従いながら”何をすればいいのか”“どこへ行けばいいのか”を習得してきたつもりだよ。

で、結果的には正式メンバーになったわけだけど、その時はもっと凄い衝撃を覚えたよ。何故って、自分が広いステージを駆け回り、飛びはねながらギターを弾くことが出来るのに改めて気付いたからさ。(笑)

キッスの一員として、ミュージシャンであると同時にエンターテイナーとしての役割を持ち、バンドのために曲を書き・・・そして毎晩数えきれないくらいの多勢の人間をクレイジーな世界に誘い込む・・・これぞ本物のプロだよ。

――キッスに加入してから、何か個人的なレベルでの変化はありましたか?ライフスタイルが変わったとか・・・!?(笑)

B:とにかくこのバンドの一員であることが、これまでの何よりも自分にとって誇らしい。僕のなかで変化があったとすれば間違いなく素晴しい方向への変化だね。もちろん今の状況の下に立ち止まっていようとは思わない。常に何かを成しとげるような心構えでいたい。

79年・・・いや78年だったかな・・・かなり大規模なミートローフのツアーに参加したけど、それは発展性のないものだった。ツアーが終わっナご時点ですべてオシマィさ・・・。彼も世界的な成功を収めているけどね。

このバンドに入った時から、僕の目の前はやらなけれぱならないことが沢山あった。大きなバンド、ピッグであり続けているバンドだからこそやらなけれぱならないことがね・・・。

当然これからやるべきこともまだ山のようにある。だけど僕にしてみれば、自分の名前が作曲者としてクレジットされ、写真がアルバム・カヴァーに載り、オマケに自分のソロ・パートトまであるということだけでも誇らしく思えるのさ。

”張り合い”みたいなものも出てくるし、バンドに対して忠誠を尽くさねぱ・・・という責任も感じてくるよ。もっと自分なりにも進歩しなけば・・・という気持も素直に湧いてくる・・・。

――ステージでは当然、別のギタリストの作った曲やソロを弾かなければならない部分も多いわけですが


それをあなた白身の解釈でプレイする時に、常に心がけていることは何かありますか?また、演りにくいような部分は・・・?

B:僕はこれまで数多くのバンドに関わってきたけど、それらの中にはまるでカヴァー・バンドみたいなものもあったし、他の誰かのようにプレイすること求められることも少なくなかった。つまり何かをなぞるように演奏すればそれでよかったんだよ。でも今は違う。

キッスに於いてギタリストに要求されるのは、バンドのトレード・マーク・・・っていうか”らしさ”が活かされたプレイなんだ。どんなソロについても同じことだよ。だから他のギタリストカ作ったリフを刻む時でさえ、何がその中で大切なのか、どの部分がキッスらしさなのかを考え、尊重したうえで自分なうのやり方で表現することが、僕にとってはいちばん重要だといえ
るね。

キッスのファンの多くは、古い曲・・・他のギタリストが作った曲にもよく親しんでいるから、当然そのうちの何曲かはラィヴでも演奏しなくてはならないけど、それを困難に思ったことはないよ。工一ス・フレーリーとはバックグラウンドが似ているしマークやヴィニー・ヴィンセントも僕と同じような音楽から影響を受けているギタリストだからね。だから彼らの
作ったギター・パートさえも自然な感じで弾けるのさ。

――あなたが影響を受けたギタリストというと…?

B:シミ・へンドリックスのプレイや、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジあたりの占める割合はやっぱり大きいよ。ベックやペイジが未だに活躍しているのは嬉しいことだね。

それ以降のギタリストとなると、エディ・ヴァン・へイレンやゲイリー・ムーア、アラン・ホールスワース……。“影響”という意味では、ムーアのプレイやホールズワースの音楽によってもたらされたものは大きいよ。

最近ではシェイク・E・リーとかジョージ・リンチがいいね。

――あなたの過去についてはあまり多くが語られていないので不明なところも多いのですが、よかったらここで今までの経歴など話してもらえませんか?

B:OK。まずギターを弾き始めたのは10歳か11歳の頃・・・ちなみに今は32歳(笑)初めはデイヴ・クラーク・ファイヴとかの古い曲をプレイ・・・というか弾いて遊んでた。

兄貴のボブは僕より先にギターを始めていて、彼に刺激された部分もあったね。その後、ビートルズのようなバンドに興未が移り、その次に夢中になったのがクリーム・・・。クラプトンが僕のアイドルになった。ジャック・ブルーズに憧れてベースをいじったこともあったよ。一生懸命になって彼らのレコードを集めたもんだよ。

で次はバンド活動に興味が移るわけだけど、最初のうちはダンス・バンドやカヴァー・バンドで弾いていた。主にクラブのステージでね。僕にとっての最初の大きなコンサートもディスコ・ミュージックで、ジョージ・マックレー・・・って知ってるかい?彼のバンドのメンバーとしてドイツ、フランスをまわったんだ。

初めてロックのツアーに加わったのはミートローフのワールド・ツアーの時。日本には行けなかったけど、かなりスケールの大きなツアーだったよ。

――その後、プラック・ジャックを結成・・・?

B:そう。マイケル・ボルトンと一緒にね。ピリー・スクワイアとも一緒に演った。(ビリーのアルバム「TALE OF THE TAPE」でプレイしている)

――キッス加入を誘われた頃は、何をしていたのですか?

B:ちょうどマイケル・ボルトンの2NDアルバム、「EVERYBODY’CRAZY」のレコーディングを終えたばかりの頃だった。ポールから声をかけられてね・・・。

――あなたの兄、ポプも同じギタリストとして活躍していますが、彼がミュージシャンであることはあなたにとってどんな意味を特っていますか?

B:彼の存在が、僕にミュージシャンになることを決意さぜたといっていいね。まず彼が先にロックン・ロールの世界に入り、僕はその頃、ただひたすら楽しむためにギターを弾いていた。そんな僕がプロになろうと考えたのは、ボブが居たからこそだよ。僕はNYで好機が訪れるのを待っていた・・・。NYのシーンはその街と同じくらい大きいけど、チャンスを待つには
いい場所だからね。

――確かポプとポールは昔からの知り合いだったんですよね?

B:そう。それを通して僕もよくポールのことは知っていた。もう結構長い付き合いになるよ。

――他のメンパーとばすぐに溶け込めましたか?

B:みんな同じような生活習憤のある人間だから、全く問題なかったよ。ただジーンには驚いた!!

ジーンというとどうしてもデヴィリッシュというかアニマルというか・・・そんなイメージがあるけれど、

普段は本当に紳士だし、暖かいし、凄く僕にも気を使ってくれる。僕がキッスについての基本的なことを学びとるま
での期間、本当に気長に待っていてくれたしね・・・。

エリックの場合は、僕も彼と同じような道をたどっているし、仲良くなりやすかった。お互いに”10年かかって大きなバンドのメンバーになった”人間だし、最初から気心の知れた感じがあったね。

他のバンドにありがちな人間関係のゴタゴタなんて、ここでは絶対にはありはしない。

キッスというバンドに居て本当に楽しいんだよ。お互いに刺激し合ってるしね。(笑)

――「ASYLUM」の中で、あなたはソングライターとしてもパンドに貢献していますが、あなたが曲を書くことによってパンドに新しい要素が加えられるように思うのですが・・・・。

B:そうだね。今同ポールと書いた”I'M ALIVE”は今までのキッスの曲とは少々違う雰囲気を持っていたかも知れない。実際アルバムに収録された曲以外にも、僕は何曲か書いたけど、採用されるか否かはアルバムの性格にもよるし、速いテンポの曲が揃っている時に速い曲を作っても不要だろ?

だから次のアルバム用にとってあるナンバーもある。ポールやジーンも、僕にどんどん曲を作るようにすすめてくれているし、僕自身もいつもクリエイティヴでありたいから、チャンスが来た時には、いつもそれに応えられるような状態をキープしたいと思ってる。

――今後、キッスの音楽に変化があるとすれば、どんなものが考えられるでしょうか?

B:キッスはいつだってキッスのスタイルを保持していくだろうと思う。

エリックや僕が加わったことは、もちろんある程度の変化をもたらしたはずだし、僕らもバンドのスタイルに影響を与えるようなミュージシャンでありたい。

でも、どんなギタリストが弾いてもキッスの本質まで変えることは不可能なんだよ。

考えられるとすれば”時代との呼応”だね。変化とはいっても、進歩でしかあり得ないのさ。第一、ファンがバンドに対して大きな変化を求めているとは思えないよ。

――わかりました。ところで、今までのキッスにおける最大の変化といえば“メイクを落とした”ことにあったわけですが、(笑)あなた1人だけメイクをしたことがない分だけ、キャラクターか朋確にされていない感じがします。

変な質間かも知れませんが・・・あなたはどんな人・・・なのでしょう?(笑)

B:あんまり自分のことを何だかんだいうのは好きじゃないし、どんな動物になりたいか、どんなメィクをしてみたいかなんて考えたくもないけど・・・。(笑)

まあ、大低の人達は“誠実”とか”敏感”みたいに言ってくれるね。僕はそう言われるのは嫌じやないし、感覚でギターをプレイするタイプの人間だから、そう言われるのはふさわしいのかも知れない。

難しいタイプの奴だと思われたいわけじやないよ。(笑)

ただ、センシティヴな反面・・・というか、だからこそ、考えていることが顔に出やすいんだよね。ステージに立っている時も、僕がどういう状況に置かれているのかは、顔さえ見れぱわかる。(笑)アンプが壊れたり、ギターの調子が悪かったりする時は、かなり凄い表情をしてるんじやないかと思うよ。

僕としては、誠実さをもってプレイすることを信条としているし、常に自分の持っている100%を人々に披露したいと思ってい
るけど、ショウ・ピジネスの世界では、総てを観せずに、ある一部分だけを観せることも大切なことなんた。

僕にとっていちばんの興奮材料となるのは、僕のプレイによって刺激され、夢中になっているオーディエンスの様子を見ることなんだ。自分がどんなに素晴らしい人間なのかを、別の人間になって1度見てみたいもんだね。(笑)

まあ、ギターの具合が悪くて、それをステージにたたきつけることもあるけど、それも確かに僕のル性格の一部かな・・・。(笑)

――これからは注意深くあなたの表情を見るようにしますよ。(笑)

最後に、日本公演の実現の可能性についてお訊きしたいのですが・・・?

B:プロモーター次第の部分もあるんだけど、かなり実現の可能性は高いよ。日本公演は絶えず話にはのぼっているけど、今回ほど具体的で信憑性が高いことはなかった。

問題なのはステージ・セット・・・という気もするけど、それは毎度のことだし、今更それが理由で日本に行けなくなることはないと思う。

4人のスケジュール的なことを考えると、揃って日本に行けるような状況を作るには春・・・いや夏までかかるだろうということなんだ。

――今回僕は、日本のキッス・ファン・クラブのメンバー達と一緒に来たのですが、彼らは(そしてもちろん僕自身も)、あなた方の来日を待ちきれずに、コンサートを観ることだけを目的にやって来ました。

彼らのように本気でキッスを愛してるファンが日本こは沢山居ます。みんな心から来日を待っていますよ。

B:ありがとう。日本のファンの人達と会ったのは初めてだったけど、見知らぬ人という気がしなかったよ。

いつもメッセージをもらったり,ファン・クラブの会報を送ってもらったりしていたからね。それに、僕の誕生日・・・12月だったんだけど,その時に送られてきたステキなプレぜントはみんな日本からのものだった。プレゼントは全部大切に、家に送ってるんだ。

オフクロがキープしてるよ。(笑)

日本のファンからのプレぜントは、典型的なアメリカン・ギフトとは全く違うし、文化の違いみたいなものを感じさせられたけど、そんな遠くの国のファンがわざわざ会いに来てくれたなんて、本当に感激だよ!!お世辞でも何でもなく、本当
にグレイトなことだと思う。キッスのショウがファンにとってエキサイティングなものであるのと同様に、キッスに夢中でいてくれるファンの姿を見ることは、僕らにとっての最高のショウだからね!!

20分間にも満たない短いインタピューでばあったが、ブルース・キューリックというギタリストの、音楽に対する真面目さ、常にベストであり続けるビッグ・バンド、キッスの一員であるということの自覚のようなものは、十分に感じ取ることが出来た。彼がどういったキヤラクターを持った人物なのかも、わかっていただけたのではないか・・・と思う。

プレイが確実な実力派ミュージシヤンは、いつも自信に満ちあふれているものである。ブルース・キューリック・・・彼もまさにそんな男なのだ。


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