キッス・ファンは、もう待つことに憤れてしまいつつある。
日本意こ道飴で最後にキッスを観たのは'78年のこと。それからもう8年にもなるというのに、未だに3度目の来日公演は実現していない。特にここ数年は、アルバムが発表される度に”今年あたりは...”と噂にのぼっているものの、結局はいつも単なる噂の段階でオシマイ。
このような状況に置かれていればバンドを支持する側も「来ないのなら、もう観に行くしかない!」という気持になるのが当然というものだ。
僕白身も、編集者である以前にロック・ファンであり、そんな感情を抱いている人間の一人だったわけだが、同じような思いでいるキッス愛好家はやはり全国に沢山いるようでなんと日本のキッスFCは、大胆にも”キッスを観に行く西毎岸ツアー”を計画。
僕も今回はそのツアーに同行する形となった。2月6日(木)午後18時40分、FCのメンバー14人とポリスター・レコードのスタッフ、そして僕を乗せた日本航空JL002便は成田からサンフランシスコヘ向けて飛び立った。雲よりも高いところを飛んでいる間も、考えることは皆同じ....。「早くキッスが観たい!!」
あと1日と少しで“今世紀最大のロック・ショウ”を体験出来る……。シスコまでの飛行時間は約10時間。
決して短くはない時間だが、これまで持ち続けた8年間に較べれば何でもない。幸運だったとしか言いようがないのだが、結果的に我々は3回もの”狂宴”を観ることが出来、その3回総てがそれぞれに素晴しいものだった。
・・・というわけで2月7日、8日、10日のコンサートの模様を、順を追ってレポートしていこうと思う。

FEB.7(Fri) AT Thomas & Mac Center,LAS VEGAS
サンフランシスコから飛行機で約50分のところにあるショウとカジノの町、ラスベガス。夜中でもギラギラ輝くネオンのせいで本が読めるほど明るいという、とにかくゴージャスで派手な町である。
この日の会場である「トーマス&マック・センター」は、そんなラスベガスの派手なイメージとはかけ離れたところで“広大な空き地に無造作に建てられた巨大なドーム”といった印象の建物だ。何でも、ネバダ州立大学の体育館(?)だそうで武道館で柔道や剣道の大会が行なわれてのと同様に、普段ここではバスケットボールなどの試合が行なわれている。コンサート
の場合には円形の会場を真ん中で区切り、半円形のホールとして使用されるが、それでも優に10、000人以上を収容出来そうな会場だ。
ちなみに、この1週間前にはここでエアロスミスがギグり、3日後にはラッシュのコンサートが行なわれる予定になっていた。
夕方の18時にホテルからバスで出発。15分程度で会場に着いたが、その間バスに乗っている時間をどれだけ長く感じたことか……。静かな興奮……とでも言えばいいのだろうか、ワクワク、ドキドキする反面、その緊張から言葉も出ないといった感じなのだ。FCのメンバー達も何故か車中ではあまり騒がない。僕白身もコンサートを前にこれ程心臓が高鳴ったのは久し振りのことだった。
会場の入口で荷物のチェックを受けた後(当然ながらカメラやテープ.レコーダーの類いは取りあげられるし、バッグを持っていれば懐中電灯で中を照らされる。ウエスト・バッグでさえも……)多くのアァンはTシャツなどのマーチャンダイズ商品を売るコーナーへ直進。場内数カ所に設けられていたが、どこも黒山の人だかりの状態になっていた。
土地柄…といえるのかどうかはわからないが、何となく小椅麗な感じのオシャレな観客が多い。ゲバい美人もかなり目についた。ファンの着ていたTシャツで目立っていたのは、キッスはもちろん、そトリー・クルー、ラット、エアロスミス、メタリカ、そしてこの日サポートを務めたプラック&ブルー。
19時を5分程まわった頃、場内は暗転。そのブラック&プルーがステージに登場した。ポートランドの5人の若者達は相変わらず元気一杯!オープニングは2NDアルバムのA面1曲目に収められていた"ROCKINGON
HEAVEN'S DOOR"。
ステージを駆けまわる彼らの姿は”84年の来日時とさほど変わっていなかったが演奏面では確実に進歩していた。”線の細さ”がなくなってきた感じてかなり骨組みがシッカリしていた。
また、ジェイミー・セント・ジェイムズのフロント・マンとしての才能も、キッスのサポートをずっと務めてきたことで更に大きく花開いていた。ポール・スタンレー的だと言えぱそれまでだが、堂々としたMCや親客へのアッピールばなかなか見事。”HOLD
ON TO 18”で幕を閉じた彼らのステージは、45分程度という短かさではあったがその分ナカミが濃く、「WITHOUT LOVE」
が優れたアルバムである事実を再認識させてくれた。観客にもバカウケ・・・とまではいかないまでも、かなりの好リアクションを得ることが出来、アンコールまで飛び出した程ノリのいい”I'M
THE KINGのリフレインが、大きなドームに響いていた。
再び場内が明るくなり、キッズは一時休戦。この時間を利用して、バックステージでのメンバーとの対面が実現したわけだが、その時の模様は「SPOTLIGHT
KIDS」のページの取材こぼれ話の欄を参照しても
らうとして、さっそくキッスのステージの話題に移るとしょう。
場内が再び暗くなり、ポール・スタンレー、ジーン・シモンズ、、エリック・カー、プルース・キューリックの4人がステージに現れたのは20時45分頃のこと。ライヴ・ビデオなどで御馴染みの、あのアナウンスが流れ、それに耳慣れたイントロが続く。
そう、オープにングは”DETROIT ROCK CITY”!!
気が付いた時にはもう、長年現しんだこのメロディを歌っていた。凄い迫力!
ライヴ・アルレバムやビデオも凄かったが、やはり実物にはかなわない!!
ステージ自体の大きさは、武道館のそれとさほど違わないのかも知れないが、ステージ・セットがあまりにも巨大なため、遠近感覚がおかしくなってしまうのか、大きな会場で観ているとは思えない臨場感だ。
ステージ上の4人が、すぐ手の届くところにいるような錯覚状態に陥ってしまう。ステージ後方一面をカヴァ一する、信じ難い程デカい、あの電飾ロゴのせいだろう。この電飾と、沢山のライトが、曲のイメージに合
わせて色調を変えながらまぱゆく揮き、我々の目に幻想を見せるのだ
”HEAVEN'S ON FIRE”では、まさに炎のような赤や黄の光、
スローな”I STILL LOVE YOU”ではエメラルドやサファイアを思わせる青や緑、紫の光がステージを覆う。
もちろん火やマグネシウム、花火などふぷんだんに使われる。
アメリカのコンサートならでは・・・という気がするが”これでもか!”というくらい大胆にマグネシウムが爆発し、火柱があがる。1曲の中に必ず1箇所は見せ場があるのだ。本当に目が離せない。
だからキッスのショウは“退屈”という言葉どは全く無縁だ。中盤では曲間に4人のソロが組み込まれしかも
1つひとつが決して短くないものなのに、全然間延びしないのだ。
当然ながら、それは、彼らが”見せ場”を作ると同時に”聴かせる”ことを決して忘れないからでもある。
”確実な演奏”以上のものがなくては、彼らのライヴはたたの“見せ物”で終わってしまう。見せる要素がなくても演れるだけの力量とセンスを備えているからこそ、キッスのコンサートはオーディエンスを圧倒するわけである。
特に今回は”ポールとジーンのバンド”と解釈されることの多いキッスにおいて、とかく引き立て役の扱いを受けがちなブルースとエリックのソロの素晴らしさに衝撃を受けた。連弾きではあっても、メロディの輪郭が明確で”ファンがバンドに対して求めているもの”にあくまでも忠実なブルースのギター,プレイ・・・。
そしてドラム・シンセなども多用し、キッス・サウンドに色鮮やかなリズムを与えるエリックの切れ味のよいドラミングは、彼らの実力と才能の豊かさを見せつけるのと同時に、いかに彼らがキッスのメンバーにふさわしいミュージシャンであるかを示してくれた。
もう彼らはキッスにとって必要不可欠な存在になっている・・・。これは決して大袈裟な表現ではない。“事実”だ。
1度”ROCK AND ROLL ALL NITE”で幕を閉じたステージは"We Want
KlSS!"’のコールにより"TEARS ARE FALLING"で再開。ピデオ・クリップの威力の大きいアメリカらしく、長い間もてはやされているキッス・クラシックとほぼ同等の反応を得ていた。
続いて演奏された曲・・・,これ驚きだった。ザ・フ一のヒット・チェーンの中から“WON'T GET FOOLED
AGAIN”!!
しかも決してハプニングではなく、完全にショウの一部分として組み込まれているのだ。ポール、ジーン、エリックが交互にヴォーカルを受け持つ。不思議なくらいキッスに似合っている。他の演奏曲とは明らかに違うのに”キッスの曲”に聴こえる。今思えば、アルバム「DESTROYER」に収められた“FLAMING
YOUTH”は、この曲と同じカラーを持っていた・・・。、
やはりキッスの基本はブリティッシュ・ロックにあったのだ、というアタリマエの事実を改めて認識させられた次第だ。
そんなことを考えているうちに、フィナーレを飾る"LICK IT UP"のイントロが始まっていた。ヴォーカルパートに入ると同時に、ごく自然に大合唱が起こる。誰も、無理矢理歌わせようとしてなどいないというのに・・・。
やっぱりキッスは凄い!!
コンサートが終わり、バスに乗り込んだ頃は、とうに夜の10時半をまわっていたのに、キッスの超豪華なステージを聴いたた直後の僕の目は、まだ眩しい光を見ているような状態だし、耳にはまだ"LICK
IT UP"とキッス・コールがこだましていた。
ラスベガスでもいちぱん賑やかな「ストリップ」通りのギラギラしたネオンも、キッスを観た後の目には、全然強烈なものではなかったよ・・・。
FEB.8(SAT) AT ORANGE PAVILION,SAN BERNARONO
ラスベガスから、いよいよLAヘ・・・、
でLAからまたバスで移動。殆どツアー中のミュージシャンのような生活サイクルだ。
この日の公演地は、LAの中心地からクルマで2時間程で着くサンバーナディーノと言う町。'83年「US FESTIVAL」
が行なわれた町だ。砂漠とまではいかないが、バスから見える風景はかなり荒涼としている。そんな
中に突然会場があるわけだが、当然「こんなところでもキッズが集まるのだろうか」という疑問が浮かんでくる。
ところが、東西南北、あらゆる方角から.一目でHMファンとわかる人種が集まってくるのだから不思議なものだ。ラスベガスで”オシャレ”なファンが目立っていたのとは対称的に、ここではスラッシュ・メタル愛好家風のルックスのティーンエイジャーが幅をきかせていた。
パワー・リストやガン・ベルトでバリバリにキメたキッズも多いのだが・・・そういったイボイボ・イガイガの類は総て入り口で取りあげられる。荒っぽいファンが多いのか、ボディ・チェックまで行われ、ポケットの中まで手を突っ込むという徹底ぶり。
何だかコワくなってきた。
オマケに今日からはスペシャル・ゲストがW.A.S.P.だという。
アブナい目つきをしたファンの中にはW.A.S.P.ののTシャツを着た奴が多いのも事実だった・・・。
加えて、オソロしいことにこの会場、基本的に”立ち観”なのだ。ホールの後方にわずかに座席が用意されている
だけで、大半の観衆は”ひしめき合い”ながら”ステージを観るわけだ。
日本では滅多にないことだが目の前で殴り合いのケンカが始まった!彼がW.A.S.P.のTシャツを着ていたかどうかは
不明だが・・・・。
W.A.S.P.のステージ内容については別頁を参照していただくとして、キッスの話に移ろう。会場がやや小さい分だけ、照明機材が削られていたようだが、基本的にはラスベガスと同じ最高のショウをこの夜も彼らは観せてくれた。
ライヴ・ビデオなどで聞き覚えのある、ポールの少々エッチなMCは殆どいつも同じ内容と言葉で、毎回”LOVE
GUN”を演奏する前に延々と続けられるが(この夜も、前の晩も、3日目の夜も99%同じことをシャべっていた)
聞き慣れたセリフばかりのはずなのに、いつ、どこの会場でも観衆は沸き返る。中にはセリフを覚えていて、一緒にシャベっているファンの姿もあった。
ファンを”FRENDS”と呼ぶ彼の存在は、キッスフリーク達にとってのセックス・シンボルであり、星の王子様であると同時に、”やたらとカッコいい隣の家の兄貴”的なものでもあるのだ。デイブ・リー・ロスの部分も、ディー・スナイダーの部分も彼には備わっている。もちろん彼だけしか持っていないのも・・・。
バンドの看板である彼は、ファンが自分達に何を求めているのかを実に正確に把握しているし(もちろん他のメンバーも同様だ)、それと同時にファンもまた、キッス側に何を要求されているのがをよく知っている。
ポールが「次はアルコールの歌。”COLD BEER”だぜ」
と言ったなら「No!”COLD
GIN”だ!!」と叫べばいいし、例のMCの後は”LOVE GUN!”とワメけぱいい。
バンドとオーディエンスとのコミュニケイションを考えだ時、キッスのやり方が他のバンドにとっての素晴しいお手本になるのと同じ、ファンの能度や反応の仕方もまた”良いロック・ファンの見本”だといえる。
危なっしい会場と観衆ではあったが、日本では絶対に味わうことの出来ないタイプのこのギグを通して
僕はキッスとファンとのつながりの強さを再認識した。
FEB.10(MON) SPORTS ARENA SAN DIEGO
LAからまたバスで移動。約2時間半でサンディエゴに到着。カルフォルニア州の中でも、すっと南寄りに
位置するこの町には、さすがににメキシコ系の人達が多い。
会場でもある「スポーツ・アリーナ」に詰めかけた観客も、この日がいちばん多種多様だった。会場の雰囲気は、
しいて言えば武道館にに近いが、アリーナ席とスタンド席を区切るフェンスが低いため、警備員の目を盗んでは皆、アリーナヘと降りていく。その様子がアッケラカンとしていて、いかにもアメリカらしい・・・・
真似は出来なかったが・・・。
この日は7時からバックステージで取材をしていたため、W.A.S.P.のステージを親ることは出来なかったが、彼らのパフォーマンスに対する大きな歓声は楽屋からもよく聞こえた。
ジーンの会場人りが遅れたため、インタビューとフォト・セッションを総て終えたのは、もう9時近かった。4人のメンバーは本誌以外にも2〜3の取材をこの場でこなし、“あとはステージに出るだけ”の状態で時を待っている。
しかしこちらは待っているような暇もないのだ。
フォト・セッションを終えた2〜3分後には、既に彼らはステージ上に居た・・・のである。
殆ど瞬間移動のようなこの速ワザに追いつこうと、バックステージから座席まで全力疾走した僕だが、
"DETROIT ROCK CITY"を聴きながら走りまわる結果になった。席に着いた頃は、2曲目の”FITS
LIKE A GROVE”
がとうに始まっていた・・・・。
3回もキッスのコンサートを観ることが出来た自分は本当に幸福者だと思うが、この夜はそう思う余裕すらなかった。”最後の夜”である。「日本で絶対にまた観たい」と思うと同時に、「これがキッスを観る最後のチャンスかも知れない」という思いも湧いてきてしまう。
だから「総てを見逃すまい」と思い、僕の両眼は、まぱたきさえも忘れたかのうに(誇大表現…)ステージ
を離れたことはなかった。
市や会場によって条例が違うのか、この日はステージ・セットがフルだったのにもかかわらず、火やマグネシウムの使い方が他の2回のギグに較べて控え目だった。
しかし、そんなことは”ベスト・ライヴ・アクト”キッスにとって、何のハンデにもならない。この日の”I
STILL LOVE YOU”のポールの切ない歌声を、声が枯れそうになるまで大声で一」緒に歌った
”ROCKAND ROLL ALL NITE”を、そして、あの“WE WANTKISS!”のコールを、僕は一生忘れないだろうと思う。
最後の1曲”LICK IT UP”のエンディングで便われた竜のように流れる仕掛け花火の白い眩しさもね・・・。
これまでのキッスの長い歴史の中には、いわゆる黄金時代もあれぱむしろ情けなくなるような状況に追い込まれた時期もあった。今、彼らは再び上昇気流にのっているわけだが、それも自らを”THE
BEST”だと信じて疑わない気持が彼らにあったからこそだと思う。
僕は声を大にして言いたい。キッスは最初の爆発から既に10年以上も経っているバンドではあるが、1986年の現在におい
ても、彼らこそ未だに”世界でいちばん熱いバンドなのだ!!”ということを・・・。
そして、サンディエゴが“最後の夜”だったなどとは思いたくない。
キッスの3度目の来日が近い将来実現することを祈る・・・いや、信じる・・・! |