――何故、今止めるんですか?2000年という数字が、終わりに相応しいとか?

ジーン・シモンズ(以下G):いや、このツアーは2001年まで続くことがはっきりしている。このツアーは、我々に好意的なムキにも、そうでないムキにも、全く予想外の展開になっているんだ。当初は30ヶ所と発表し、それで精一杯だし、需要もそんなものだろうと思っていたんだが、ところがVH-Iで発表してインターネットでチケットを売り出したらその日のうちに売り切れてしまってね。

そこで我々も、これを別れのタンゴにするなら、きちんとしたツアーをやって、我々を観たいという街を出来るだけ多く廻るべきだと考え直したんだ。それに、メンバー同士もかつてないほど折り合いが良く、演奏も調子が良い。それぞれ人生を謳歌している。

また、我々が大いに楽しんでいるのと同時に、観客の側も、ようやくこういうバンドにお目にかかれたと喜んでくれていることも確かなんだ。つまりは、人生を謳歌し、楽しんでステージに立ち、カッコつけて言うわけではないが、ファンのおかげで手に入ったこのライフスタイルに心から感謝しているバンドをね。

ところが、最近のバンドはどいつもこいつも、ステージでつまらなそうにしていて・・・。私は連中を蹴飛ばしてやりたくなるよ。ステージは特別な場所だ。だからこそ客席より高い位置にあるんだ。そんな連中に上がる資格はない。

観客は演じる者を見上げる格好になるんだから、私に言わせれば、そこに上がるためにはそれなりのツケを払わなければならないし、上がったら今度は、誰がボスなのかを忘れずに感謝するべきだ。自分がボスなのではない。多くのバンドはそこのところを勘違いしがちで、自分達のやっていること、自分達の望むものが重要事項であると考えてしまう。

しかし、我々の考え方は違う。我々は常に、ファンを重視してきた。ファンが我々のボスであり、我々はファンのために働くのだ。だから最後にもう一度、我々を大いに楽しませてくれたこと、そして気前良く給料を払ってくれたことに感謝しておきたいんだよ。

――2001年まで続くということは、つまり、新たに日程が加わったということですか?

G:ああ、現在110ヶ所で、もしかすると120ヶ所になるかもしれない。日本やオーストラリアを廻る予定もちゃんとあって、そこで終わりになるはずだ。

――となると、日本はいつですか?

G:さあ・・・1月あたりかな。

――再結成の段階では、KISSは需要がある限り、お金を払って観に来てくれる人がいる限り続く、というスタンスでしたよね?

G:確かに需要はある。しかし、エース(フレーリー)とピーター(クリス)と契約を交わした時点で、我々は5年計画を立てていたんだ。そして、まさにそのとおりになろうとしている。'96年の頭に集まって、2001年に灯りを落とすわけだからね。

考慮すべきことは2つある。1つは、演奏を続けるのは自分が楽しめる間だけということ。そしてもう1つは、ある程度の威厳を保ったままステージを下りたいということだ。マイケル・ジョーダンが全盛期に引退した時だって、誰も理由など訊かなかったじゃないか。

あの男が自分なりにプロ意識で英断を下したんだろう、ということでね。私は今から20年後に100人の観客を相手に「ハウス・オブ・ブルーズ」でプレイしていたいとは思わない。しかも我々の場合は、スニーカーに破れたTシャツ姿でウロウロしているバンドとは違う。8インチのプラットフォーム・ブーツで走り回り、私に至っては50ポンド近い重量がある甲冑やら鋲やらレザーやらを身に着けている。

だから、ある程度の年齢になると、それが身体にこたえるようになるんだ。それに我々には、引退後やりたいことがある。
これからは、KISSは違う形で存続していくことになるんだ。KISSのコミック・ブックだって手に入る。「KISS PSYCHO CIRCUS」は30号まで出ていて、その方面ではありとあらゆる賞を総なめにしているし、KISSレスラーのザ・デーモンもWCWの試合に出ているし、TVでは4時間のKISSシリーズが始まる・・・と盛り沢山だ。

ラスヴェガスではKISSカジノの話も進行中だ。いずれも、ツアー・バンド亡き後も続いていくことになる。ツアー・バンドは終わって、KISSはアイコンと化すのだ。エルヴィス・プレスリーだって、もうこの世にはいないが、彼に関連する商品はまだ買えるじゃないか。

――「PSYCHO CIRCUS」がアメリカで1千万枚売れていたとしても、KISSは別れを告げたでしょうか?

G:ああ。あのアルバムの成功の度合いとは関係ないんだよ。何しろ、ゴールド・レコードの数で言ったら、BEATLESの次がKISSなんだからね。

――先程、ショウはどんどん良くなっていて、ステージで大いに楽しんでいるという話がありました。実際そのとおりで、米カーズフィールドでのショウは、私がこれまでに観たKISSのショウの中では多分ベストだったと思います。最後になって、何故総てが上手くいくようになったんでしょうか?
各メンバーが、「なあ、これが最後のツアーなんだから、楽しくやろうじゃないか」とガードを緩めたからですか?

G:いや、理由はエースとピーターがシラフだからだよ。健全な魂は、健全な肉体に宿るというヤツさ。このバンドが健康体でなかった時期は確かにあった。エースとピーターがバンドを辞めたのか、辞めるように言われたかのか、どちらでも好きに解釈してもらって構わないが、我々の問題は個人的なものではなく、健康を巡るものだった。

だから、シラフにさえなってくれれば・・・、まあ、私は生まれてこのかたクスリをやったことも酒に飲まれたこともないから、そうしたがるヤツの気持ちは本当のところ理解出来ないが、人間、シラフでいれば優先順位もまともになるものでね。

地上で過ごす1日1日が良き日であり、自分が恵まれていることを悟るんだよ。ステージに上がれば、皆が最高に楽しい時を過ごし、我々の名前を叫んでくれる。女の子達は我々の子供を欲しがり、山程の金を貢いで好きなことをさせてくれる。自分はステージに上がって、崇められていればいい。

そのどこに不満がある?しかも、自分さえその気なら、ホテルに戻ってからも何度もアンコール――セックスをやれるんだぜ。こんな特典が付いてくる商売なんて、ローマ法王も含めて他には思い当たらないね。

――このツアーを最後に引退することについて、メンバー全員が合意しているんですか?

G:まぁ、全員がそうするべきだと思っているはずだ。続けたがるヤツがいるとすれば、それは多分私がろう。はっきりしているのは、それぞれ今後の予定があるっていうことで、私は・・・・。

――自伝を書くために多額の金を受け取ったばかりなんですよね?

G:そうだ。まあ、他にも色々あるが、各人が何をするのか詳しく話すのは止めにして、ここではKISSの話に限定することでKISSに敬意を払うのが当然だろう。それに、宴もたけなわという時に、終わったら何をするかなんて、的外れな話というものだ。実際、計画はいくらでもあるよ。しかし、今この時点ではKISSのみに専念している。

――KISSとして走ってきた27年間を総括すると、どうなりますか?

G:夢の現実でもあったが、何より大事なのは、我々の墓碑銘に”掛け値を吊り上げた男達”と記されることだ。我々が登場する以前にも、面白いことをやっているバンドはいくつかいたが、一方ではただステージに立って自分の靴を見つめながらギターを弾き、ボス達を完全に無視していても、それはそれで通っていた。

しかし、我々のおかげで、次に出て来るバンドはステージで適当にやって済ますわけにはいかなくなった。我々の功績がそれだけだったとしても、それはそれで結構だ。我々が忠義を感じているのは他のバンドに対してではなく、我々のボス、即ちファンに対してなんだからね。

我々がステージに上がって楽しませてもらうために、彼らは必死で稼いだお金を払ってくれているんだぜ。単純なことなのに、それを勘違いしてしまっているバンドが多いようだ。50ドル、あるいは100ドル稼ぐのに、不通の人々が何時間働かなければならなかったかなんて、気付きもしない。

自分がポケットに入れる金に見合ったものを返すには、プロとして、そして道徳観念のある人間としてどんな責任があるか、ということにもね。人情話だと思われようが、我々はそういう観念を大いに支持しているんだ。

突き詰めれば、恐らくKISSの成功は、アメリカ人が根本的に理想とする”人民の人民による人民のための”ってヤツにつながっていくんじゃないだろうか。評論家のためでも、知識階級のためでも、ファッション界のためでも何でもない。我々が頑なにファッションを避けてきたことは、御存知のとおり。そういうバンドもムーブメントも、総て滅んでいったじゃないか!

我々はそのどれにも属さずにきて、未だ健在だ。唯我独尊さ。どんなジャンルに入るべきなのか自分でも分らないが、そんなのはどうだっていいことだ。我々は昔から、単純にロックン・ロールと自認してきた。

私は今この時と、未来を生きる人間だ。
思い出は、頭蓋骨から歯が総てこぼれ落ちた時のためのものだ。
葬られる直前に、ゆっくりと感慨に耽ればいいんだ。

――そういう認識でやってきたバンドは、あなた達くらいじゃないですか?

G:ああ、HMの時代でさえそうだった。我々がIRON MAIDENやJUDAS PRIESTと並んで雑誌の表紙になっていたことは知っているだろうが、いずれも我々が最初にツアーに連れ出したバンドだ。いいかい?我々が最初にチャンスを与えたバンドは、他にもRUSH,AC/DC,CHEAP TRICK,BON JOVI, MOTLEY CRUE果てはBUCKCHERRYにまで至る。私は総てのバンドを誇りに思っている。

バンドを観れば、ツアーに連れ出してやりたいかどうか判る。どういうものが成功するのかも判っている。最終的に生き残り、時の試練に耐えるのは、一般の人がそう言ってくれるものであって、評論家がそう言うものではない。評論家次第で決まるなら、パティ・スミスは史上最大のアーティストのはずなのに、世間は否定した。世間は人々はそういうレコードは買いたがらず、
そういうショウも観に行きたがらないのだ。

RAMONESにしてもそうだ。私は昔から彼らが好きだったから、色々な人に、どうしてレコードを買わないのか、どうして彼らは小さい会場での活動を続けたのかと訊いてみたところ、「彼らを大きなホールでなんか観たくない」と言われたよ。評論家が
どんなに観るべきだと言ったところで、そういうバンドを観たがる人の数は揃っていないのさ。

食べ物にしても同じことだ。食べ物の評論家に言わせれば、蛙の足やキャビアも食べ物だそうだが、私は最後にいつ、
それを口にいれたか記憶にないね!ハンバーガーを寄越しな!ところが、食べ物の評論家にかかると、ハンバーガーは正当な料理とは言えないそうだ。それに対して世間は「バカ言ってんじゃないよハンバーガーは世界を牛耳ってるんだぜ!」と言うだろう。されでお終いさ。多分我々も、それに通じるところが多いんだと思う。

――ところで、続編はありそうですか?

G:これでお終いだ。チケットを売るためにそういう余興に走るバンドもいることは知っているが、我々はずっと恵まれてきたんだね。このツアーが終わったら、また新たな地平線が拓けているんだ。我々がまたこれを繰り返すことはないよ。

――判りました。あなたは大方のバンドを凌いで、KISSがこれほど長く続いたのは何故だと思いますか。また、ここまで長く続くと思っていましたか?

G:ああ、少しも疑っていなかったよ。我々が出て来た当初は、批評論家連中にこれは音楽じゃないだのサーカスだのと言われたものだが、だったら8千万枚から1億枚のレコードは、誰が誰を信じて買ってくれたことになるんだい?

レコードには、曲しか入っていないんだぜ。KISSのレコードは20のレコード会社から成るユニヴァーサル・ファミリーにあって最大のカタログだ。しかも、ガース・ブルックスからシェールに至るまで、様々な人が我々の曲をカヴァーしてきた。なのに何故、評論家連中の出方が相変わらずなのか私には理解出来ない。結局は、つまり・・・

我々が感じていたとおりなのかもしれない。そしてこれは、ファンも感じていたことに違いない。実際、そういう声も聞いているからね。要するに、我々が世界に敵対しているという感覚さ。流行に身を任せておけば、皆と並んで歩けばいいし、疎外感を味わうこともなく、ずっと楽だっただろう。KISSはいつだって異端児だった。

――私は、この世界にあなた以上に頭の良い人はいないと思っていますよ。

G:いやいや。

――本当ですって。

G:いや。重要なのは、私は強奪されたくない、何につけても慎重でありたい。それだけのことだ。そして気が付けば、この商売はショウだけでなく、ビジネスも付いてきて、だからショウ・ビジネスなどと呼ばれているわけだ!

皆に言っておくが、自分でビジネスの面倒を見ないでいると、向こうに面倒を見られてしまうぞ。要するに私は、過去の沢山のバンドと同じ轍を踏み、襲われて奪われてしまうのは御免なんだよ。長い年月を費やしておきながら、あいつら皆・・・。名声のロマンに心奪われているうちに名声が去り、ロマンスが終わった時には、もう・・・。そして、誰もが財布を覗くことになる。

しかし、ポケットに手を入れても、そこには何もない。何が起こったのか、自分でも判らない。こういう私を計算高くて冷たいと思うなら、それでもいい。私の責任は、ステージに上がって商品を届けることだ。

――ツアーで毎晩ステージに上がりながら、この街でプレイするのはこれが最後なのだ・・・という感慨に耽ることはありますか?

G:いや。自分の仕事と、それを楽しむことで精一杯で、そんな余裕はないよ。

――なるほど。それに、あなたは感慨に耽るようなタイプの人間じゃありませんしね。それよりはむしろ・・・。

G:そう。私は今この時と、未来を生きる人間だ。思い出は、頭蓋骨から歯が総てこぼれ落ちた時のためのものだ。葬られる直前の、もう何もすることがなくなった時に、ゆっくりと感慨に耽ればいいんだ。



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