ACE FREHLEY: エース・フレイリー、'51年4月27日生まれ。NYのブロンクス出身。13歳の誕生日に両親からギターを贈られたのをきっかけにロック・スターを志す。'72年のポールとジーンが「ヴィレッジ・ヴォイス」紙の出したギタリスト募集広告を見つけ、オーディションの結果ラインナップに加わる。シンプルかつ印象的なギター・ソロが特徴で、ソングライター、ヴォーカリストとしてもバンドに貢献し続けてきたが、オン・ザ・ロードの疲れや、「他のメンバー達からインスピレーションを受けなくなった」ことを理由に'83年8月、脱退。その後消息が途絶えていたが、現在は自らのグループ「フレーリーズ・コメット」を率いて活動中。レコード・デビューの機会をうかがっている。 ADAM MITCHELL: ウエストコースト系のシンガー・ソングライターで、ポールの作曲パートナー。「CREATURES OF THE NIGHT」の中で、表題曲と「DANGER」「KEEP
IT COMIN'」の3曲を共作。ワーナー・ブラザースからアルバムを出している。 ALIVE!: '75年9月に発売された2枚組ライヴ。デトロイト「コボ・ホール」での録音。アメリカでは予約のみで40万枚を突破し、初めて本格的なヒットを記録。シングル・カットされた”ROCK
AND ROLL ALL NITE”もベスト10付近まで上昇する大ヒットに。邦題「地獄の狂獣」 ALIVE U: '77年10月に発表された2作目のダブル・ライヴで、3面がライヴ。1面がスタジオ録音という構成。”SHOUT IT OUT LOUD”のライヴ・ヴァージョンと、新録の”ROCKET RIDE/TOMORROW AND TONIGHT”がシングル・カットされた「ALIVE!」とのダブリは一切なし。邦題「アライヴU」 ALIVE V: そう遠くない将来発表されるであろう3作目のライヴ。ジーンによれば、'87年のツアーを収めたものになるとのこと。 ANIMALIZE: '84年9月に発表された、19作目にあたるアルバム。ヴィニー・ヴィンセントに代わりマーク・セント・ジョン(G)が加入。全米チャートでもビルボード誌で5週連続20位、最高19位と健闘し、'79年の「DYNASTY」以来のプラチナムとなった。”HEAVEN'S
ON FIRE”と”THRLLS IN THE NIGHT”のシングルを生み、結果的には200万枚近いセールスを記録。邦題「アニマライズ」 ANIMALIZE LIVE UNCENSORD: '84年に行われた「ANIMALIZE TOUR」の模様を収録したビデオ・ソフト。アルバム「ALIVE」が録音されたのと同じデトロイトの「コボ・ホール」に於けるライヴで、アメリカのMTVでは特別プログラムとして放映されたが、市販ソフトにはオン・エアされなかった部分も30分追加収録されている。日本版も去る7月に発売になった。邦題「アニマライズ・ライヴ」 ANTON FIG: アントン・フィグ。NYをベースにしていた「スパイダー」のドラマーだった人物で、現在はフレイリーズ・コメットの一員。ピーター・クリス脱退時は、彼が後任に迎えられるという噂もあった。 ASYLUM: '85年9月に発売された記念すべき20作目。ブルース・キューリック(G)が正式参加し、作曲面等でも大いに貢献。”TEARS ARE FALLING"と”UH ALL NIGHT"のシングルが生まれている。邦題「アサイラム」
BALLS OF FIRE: 元キッスのピーター・クリスの率いる新バンド。メンバーはピーター(DS)の他、ジェーン・ブック(VO,G)、ボビー・レイラヴ(B)、JP(G)で、当初は「ジェーン」と名乗っていた。 BASKET SHOES[バスケット・シューズ]: エースはキッスのオーデションを受けに来た際、赤いジーンズと左右違う色のバスケット・シューズをはいていた。そのセンスでいきなり気に入られたのだとか。 BLACK DIAMOND: 未だに名曲として人気が高い、1STアルバムB面ラストに収められていた曲、元々は歌い出しのパートをポール、後半をピーターが歌っていたが、「ANIMALIZE TOUR」ではエリック・カーがピーターのパートを歌っていた。 BLACKJACK: ブルース・キューリックがマイケル・ボルトンと共に結成したバンドで、米ポリドールから「BLACKJACK」('79年)「WORLD'S
APART」('80年)の2枚のアルバムを発表した後、解散。マイケルはソロに転向。 BOW WOW: バウ・ワウ。'77、'78年の日本公演のオープニング・アクト。御存知のとおり現在はVOW WOWと改名。 BRUCE KULICK: ブルース・キューリック、'53念12月12日、NYのブルックリン生まれ。兄ボブの影響で10〜11歳の頃からギターを始める。ディスコ系シンガー、ジョージ・マックレーのツアーに同行したのがプロとしての最初の仕事で、以後ミートローフのツアー、ブラックジャック、グッド・ラッツ、マイケル・ボルトン、ビリー・スクワイア、フランスの女性シンガー、スティーヴィーなどのレコードに参加。エースの脱退時に1度オーデションを受けている。マーク・セント・ジョンの代役として'84年9月末からキッスのステージに立っているが、正式加入は同年12月。 BRYAN ADAMS: ブライアン・アダムス。御存知カナダの人気者だが、ソングライターとしてキッスに関わっており「CREATURES OF THE NIGHT」に収められている”ROCK AND ROLL HELL”と”WAR MACHINE”を相棒のジム・ヴァランス、そしてジーン・シモンズと共作している。また、彼の「CUTS LIKE A KNIFE」に収録されていた”DON'T LEAVE LONELY”はブライアン&ジム、エリック・カーの共作である。 CANCEL:[取り消し] '85年、NYの「ナッソー・コロシアム」で行われる予定だったギグは、ポールのウィルス性胃炎のために中止されたが、彼らのギグがキャンセルされたのはこれが初めてだった。「ASYLUM TOUR」の際は、やはりポールがスジをちがえたためキャンセルされたギグがあった。 CASABLANCA: ニール・ボガート('82年5月に他界)が設立したレコード会社で、キッスはその第一弾アーティストとして10,000ドルで契約を交わした。 CHELSEA: ピーター・クリスがキッス参加前に在籍していたバンド。デッカ・レコードからアルバムを出している。「バラクーダ」というバンドにも居た。 CHIN:[あご] 「ASYLUM」のアルバム・カヴァーではデザインの都合上、エリックのアゴの部分がカットされてしまっている。これに対してファンからの苦情が殺到・・・・というのはウソのようなホントの話。 CONCEPT[概念]: キッスのコンセプトは、ビートルズと同様に”4人のミュージシャンによる、4つの個性の集合体を作る”というところにあり、イメージのないバンドに飽き飽きしていた彼らは、バンドとしてのアイデンティティを打ち出すために敢えて4人とも黒い髪、白い肌になり、各々のメイクでキャラクターを作りあげたのだった。総てが”LARGER THAN LIFE”日常生活の範囲を超えた、もっとスケールの大きいものという考えに基づいている。 CREATURES OF THE NIGHT: エースにとっては最後の参加作となった'82年のアルバム。後にアーマード・セイント等を手掛けるマイケル・ジェイムス・ジャクソンがプロデュース、ホール&オーツ、ブライアン・アダムス等で有名なボブ・クリアマウンテンがミキシングを担当。既にこの時点でヴィニーが、ヴィンセント・クサノの名で作曲面に関与し3曲共作。 DAVE WITTMAN: デイヴ・ウィットマン。ポールのソロ・アルバムや「CREATURS OF....」以降の作品を手掛けているエンジニアで、バンドとはデビュー当時からの長い付き合い。ビリー・アイドル、フォリナーの作品にもクレジットを見つけることが出来る。 DEBUT[デビュー]: '73年7月4日、NYのホテル・ディフロマットのクリスタル・ルームで行われたギグが、グループ側のプロデュースによる初めてのショウだった。 DESMOND CHILD: '70年代後期、デズモンド・チャイルド&ルージュなる自らのバンドを率いて(VO)を担当していた人物で、当時からポールと交友関係にあり、現在は作曲パートナーでもある。「ANIMALIZE」で3曲、「ASYLUM」では5曲に彼のクレジットを見つけることが出来る。 DESTROYER: '75年に発表された4作目のスタジオ録音アルバム。アリス・クーパー等を手掛けたボブ・エズリンをプロデューサーに迎え、かなり実験的な試みもなされ、キッス・サウンドの幅が広げられた。”SHOUT IT OUT LOUD””FLAMING YOUTH””DETROIT ROCK CITY/BETH”のシングルが生まれ、特にピーター・クリスの歌ったバラード”BETH”はビルボード誌のチャートでもベスト10入りを果たした。邦題”地獄の軍団” DOUBLE PLATINUM: '78年4月に発売された2枚組で、初期の代表曲を中心に構成されたベスト・アルバム。”STRUTTER'78”など旧マテリアルのニュー・ヴァージョンが含まれており、”古い曲を今の音で”という主旨のもとに製作された画期的作品 邦題 ダブル・プラチナム DRESSED TO KILL: 初めてメンバー自身がプロデュースに関わり、'75年3月に発表されたアルバムで、日本で初めてキッスが紹介されたのは、この時だった。スーツを着た狂獣・・・といった絵柄のアルバム・カヴァーと、とてつもなくシンプルなR&Rサウンドが印象的。”ROCK AND ROLL ALL NITE”と”C'MON AND LOVE ME”のシングルが生まれた。邦題 地獄の接吻 DYNASTY: '79年5月にリリースされた作品で、ピーター・クリスのソロ・アルバムを手掛けたヴィニ・ポンシアがプロデュースを担当し、曲も3曲提供。ディスコ・ブームに対して彼らなりの色気を見せた”I WAS MADE FOR LOVIN' YOU”は当然の如く大ヒット。他に”SURE KNOW SOMETHING”のシングルを生んだ。邦題 地獄からの脱出 ERIC CARR: エリック・カー。'53年7月12日、NYのブルックリン生まれ。本名はポール・カラベラ。NYのコピー・バンド等で15年間程プレイした後、オーデションを経てキッスに加入。'80年7月25日「パラディアム」でのステージが彼の御披露日だった。ソングライター、ヴォーカリストとしても有能な人物で、ライヴでは、”BLACK DIAMOND””YOUNG AND WASTED”(レコードではジーンが歌っている)等でリード・ヴォーカルを担当。子供の頃は宇宙飛行士に憧れていた。 FIREHOUSE: 1STアルバムに収められていた曲。この曲のエンディングで、恒例のジーンの”火吹き”があった。現在の”火吹き”のテーマは”WAR MACHINE”に取って変わっている。 FREHLEY'S COMET: フレーリーズ・コメット。エースの現在のバンド。ラインナップは彼自身の他、リッチー・スカーレット(G,VO),アントン・フィグ(DS),ジョン・リーガン(B),アーサー・ステッド(KEY)という顔ぶれで、ジョンとアーサーは元ピーター・フランプトン・バンド。リッチーは同時に自らのプロジェクト、「リッチー・スカーレット&ザ・セデューサーズ」も進行させている。ライヴではオリジナル曲、キッス時代のレパートリーの他、シン・リジィの"BOYS
ARE BACK IN TOWN"も演奏しているとか。 GENE SIMMONS: ジーン・シモンズ、'49年8月25日イスラエル生まれ。大学を卒業した後、小学校の教師になり6年生の英語を担当。その後「ヴォーグ」誌の編集者として音楽コラムを受け持っていた経験もある。'72年頃になってポールと知合い、意気投合。火を吹き、血を吐き、怪獣ブーツで駆け回るジーンは、個性的な4人の中でも最も強烈なキャラクターの持ち主であり、未だに自らの本名を"GOD OF THUNDER"と名乗ってしまう徹底したR&Rエンターティナーだ。現在は俳優、プロデューサーとしても大活躍のまさに”1,000の顔を持つ男”である。一応、ひとつ目の顔はベーシスト兼ヴォーカリスト。 GODZILLA[ゴジラ]: ロック・ミュージシャンの間ででもとにかく有名な東宝映画の超スーパースター怪獣、ゴジラ。ジーンもゴジラのファンで”つねづねゴジラのようなカッコイイことをしたいと思っていた”のだという。デビュー後には、”ゴジラほど強大じゃないけど夢が実現した”と語っている。 HOTTER THAN HELL: '74年10月に米で発表された2NDアルバム。本拠地NYではなく、LAで録音されており、日本盤が(当時は)出ていなかったのにもかかわらず、最初から日本語タイトルが付けられ、メンバーの名前まで日本語でクレジットされているのがミソ。邦題 地獄の叫び HISCHOOL OF MUSIC AND ART: 16歳の時、ポールが入学した学校。彼の先輩にはフェリックス・パッパラルディ、ジャニス・イアン、ローラ・ニーロなどがいる。 INVASION: ヴィニー・ヴィンセントの新バンド。メンバーはヴィニー(G)の他、ダナ・ストラム(B),ロバート・フリーシュマン(VO),ボビー・ロック(DS)というラインナップで、ダナはオジー・オズボーンとの活動歴やプロデューサー歴がある。ロバートはスティーブ・ペリー参加前のジャーニーのメンバーで「チャンネル」というグループでもアルバムを発表している。インヴェイションのデビュー盤は、10月には日本でもリリースされる。 JEAN BEAUVOUR: ジョン・ボーヴォワー。元プラズマティックス、リトル・スティーブン&ザ・ディサイブルズ・オブ・ソウルのギタリストで、現在はソロで活躍中。アルバム「DRUMS ALONG THE MOHAWK」が日本でも8月にリリースされた。ポールの作曲パートナーであり、「ANIMALIZE」で1曲「ASYLUM」で2曲共作している。 KISS:グループ名であると同時にデビュー・アルバムのタイトル。ピーター・クリスが加入前に在籍していたバンドの名前「LIPS」がヒントになり、この名称になったといわれている。アルバムは'73年10月からレコーディングが開始され、翌'74年2月にアメリカで発売されており(日本発売は'76年8月)後にシングル・ヒットした”KISSIN TIME"は、当初収録されていなかった。尚”KISSIN TIME"がレコーディングされたのは'74年4月のことだ。邦題 地獄からの使者 KISS KILLERS: '84年に発表された変則的なベストで、旧マテリアルの新ヴァージョンの他、マイケル・ジェイムス・ジャクソンのプロデュースによる新曲4曲も収録。"ESCAPE FROM THE ISLAND","SHANDI"は日本盤のみに収録されている。邦題 キッス・キラーズ LICK IT UP: 遂にその素顔を、しかもアルバム・カヴァーで堂々と公表した'83年9月のアルバム。ギタリストは正式にエースからヴィニー・ヴィンセントにチェンジ。表題曲と"ALL HELL'S BREAKIN' LOOSE"がシングル・カットされた。アルバム・セールスも再び上向きに・・・。プロデューサーはマイケル・ジェイムス・ジャクソン。邦題 地獄の回想 LIVE IN JAPAN: '77年の初来日公演を収めたライヴ・アルバムがリリースされる予定が実はあったが、中止に・・・。タイトルは「ROCK AND ROLL PARTY IN TOKYO」になるはずだった。 LOGO[ロゴ]: グループ名同様、あのロゴ文字もポールが考えた。さすがアート・スクール出身!? LOVE GUN: '77年6月に発表された作品で、"CHRISTINE SIXTEEN/SHOCK ME"のシングル・ヒットがここから誕生。予約のみでプラチナ・ディスクを獲得した大ヒット作。プロデューサーは、最近ではアルカトラスやファストウェイ、レイヴン等を手掛けているエディ・クレイマー。初めてカタカナの邦題がつき”地獄シリーズ”とおサラバしたのがこの作品。邦題ラヴ・ガン MARK ST. JOHN: マーク・セント・ジョン、'57年2月7日、ハリウッド生まれ。「DARI」,「FRONT LINE」等のグループを経て、グローヴァー・ジャクソンの紹介でヴィニーの後任として加入。病気のためツアーを離脱後、'85年1月の時点で正式に脱退。スティーブ・モーズ、アラン・ホールズワース、ゲイリー・ムーアが好きだという、かなりのテクニシャンであり、現在は自己のバンド「ホワイト・タイガー」を率いて”デビュー待ち”の状態にある、有望なギター・プレイヤーである。 MEET THE PHANTOM: '78年10月に、米ABC TV系で放映された、キッス主演によるTV映画。 MICHAEL BOLTON: マイケル・ボルトン。ブラックジャック時代からのブルースの旧友。「MICHAEL BOLTON」「EVERYBODY'S CRAZY」の2枚のアルバムを米コロンビア(日本はCBS)から発表しており、ブルースは2枚とも参加、キッスに誘われたのは「EVERYBODY'S CRAZY」録音終了後だったという。 MITCH WEISSMAN: ミッチ・ウェイスマン。ジーンのLPや、彼と一緒にウェンディ・O・ウィリアムズのアルバムに参加していたキーボード奏者で、作曲面でバンドに関与している。「ANIMALIZE」の中でポールと1曲、ジーンと2曲共作。 NEW YORK: キッスを生んだ街・・・であると同時に、エリックがプロデュースを手掛けている新人バンドの名称でもある。 NEW YORK GROOVE: エースのソロ・アルバムからシングル・カットされ、全米チャートでトップ20入りを果たしたヒット・チューンで、未だにフレーリーズ・コメットの重要なレパートリーのひとつ。元々はラス・バラードの曲で、ハローなどもとりあげていた。 ON THE ROAD[コンサート・ツアー]: キッスの長期にわたる成功を支えた要因のひとつ。大規模なものだけに、困難な部分や苦痛もそれだけ大きいが、ピーターとエースの脱退理由の中に”長いツアー”に対する苦痛が含まれていたのも事実である。 ORIGINALS: 正確には「THE ORIGINALS」で、1STから3RDまでにアルバムをまとめた3枚組セット。アメリカでは'76年7月、国内では来日記念盤として'77年にリリースされている。邦題 地獄の全貌 PAUL STANLEY: ポール・スタンレー、'51年1月20日、NYのクイーンズ生まれ。ヴォーカリスト兼ギタリスト。6歳の時にロック初体験を済ませ、14歳頃には近所に住んでいた友達とバンドを結成。学生時代はNYの「ハイスクール・オブ・ミュージック&アート」に通っていた。'72年頃、バンド仲間からの紹介でジーンと出会い、キッスを結成。それまではレストランで働いたり、タクシーの運転手(!?)をしたりしてたという。単にヴォーカリスト、ギタリスト、ソングライターとしてではなく、他人には真似出来ない華やかさをバンドにもたらしている、正真正銘の”ロック・スター”である。ちなみに彼がギターを選んだのは”最高のサウンド、最高のスタイル、最高の弾き心地だから”だということ。 PETER CRISS: ピーター・クリス、'45年12月20日、NYのブルックリン生まれ。ポールとジーンが「ローリング・ストーン」誌に出したドラマー募集広告を見つけ、オーデションの結果キッスに加入。'80年5月に長いツアーを苦に脱退及びソロ転向を表明。同年「OUT OF CONTROL」というアルバムでソロ・デビューを果たし、'82年には「LET ME ROCK YOU」を発表。その後、「PETER CRISS PENDRIDGE ALLIANCE」を結成するが、分裂。続いて「ジェーン」を結成し、現在は「ボールズ・オブ・ファイアー」と改名している。 PRODUCER[製作者]: 「ANIMALIZE」と「ASYLUM」ではポール、ジーンが自らプロデュースを担当しているが、他人を起用しなかったのは”キッスの音をいちばんよく知っているのはキッス自身だから”だそう。キッスのメンバーが他のアーティストをプロデュースしているものとしては、ポールが手掛けたニュー・イングランドのデビュー盤('79年)、ジーンによるウエンディ・O・ウィリアムズの「W.O.W」('84年)、キールの「THE RIGHT TO ROCK」('85年)、「THE FINAL FRONTIER」('86年)などがある。他に、間もなく発売予定のブラック&ブルーの3RDアルバム、フラット・バッカーの3RDアルバムもジーンのプロデュースによるものであり、既に来年春に発売予定のキールの第4弾作品を手掛けることも決定している。チープ・トリックをプロデュースする噂もあった。 QUALIFICATION[条件、資格]: エースの脱退時にブルース・キューリックは1度キッスのオーデションを受けているが、その時の条件が”リード・ヴォーカルをとれること”であり、それにより彼は失格になったらしい。とはいえ、現在彼は、オン・ステージでの重要なコーラス要員でもあるのだが・・・!? QUEEN: クィーン。キッスの第1期黄金時代に、彼らと並んで人気の高かったのがクィーンとエアロスミスであり、当時は”3大グループ”と称された。クィーンが存在したばかりに、キッスが「MUSIC LIFE」の人気投票でNO.1になれなかったのも事実である。 RIO DE JANEIRO: '82年の中南米ツアーを行った際、リオではなんと25万人もの動員を記録。エリックが”最も印象的だったこと”としてこの日のことをあげ、ジーンが”過去におけるベスト・ギグのひとつ”と言っているのも無理はない話だ。尚、同ツアーのメキシコシティ公演では36万人を動員。翌'83年6月には再びキッスはリオを訪れている。 ROCK AND ROLL OVER: '76年11月のアルバム。実験的な部分のあった「DESTROYER」に続いて発表されたこの作品は、ポールの”やりたいのはストレートなR&Rだけ”という言葉のとおり、ストレートでパワフルなR&Rで埋め尽くされている。"CALLING DR.LOVE"とピーターの歌った"HARD LUCK WOMAN"がシングル・ヒットを記録。邦題地獄のロック・ファイアー ROSE TATOO[薔薇の刺青]: ポールの肩にある刺青は'74年5月に彫られたものだ。 RUNAWAY: トライスター映画作品。コロンビア映画配給により日本でも'85年7月に公開された映画、「未来警察」。TVシリーズの「私立探偵マグナム」で御馴染みのトム・セレック主演によるもので、ジーンが悪役として登場、話題をよんだ。他にジーンが俳優として出演しているものとしては、アメリカのケーブルTV「HBOシリーズ」で放映された「HITCHHIKER」、御存知「マイアミ・ヴァイス」、10月下旬にアメリカで公開予定の映画「TRICK OF TREAT」(オジー・オズボーン)がある。尚、「マイアミ・ヴァイス」に関しては、ジーンの出演時のものがビデオ・ソフトとして販売されている。当然ながら悪役。 SOLO ALBUM: '78年9月、ポール、ジーン、エース、ピーターの4人が同時にソロアルバムを発表。各自が音楽的アイデンティティをアッピールし、その交友関係を露にした。またブルース、エリックを含む現在のラインナップで再び個々にソロを発表・・・という噂もあったが、ジーンは"NO MORE SOLO ALBUMS!"としてこれを打ち消している。 SPACE METAL: エースが自らの音楽スタイルを形容して使っている言葉。 SUPPORT BANDS[前座バンド]: "高いお金を支払って観に来てくれるファンには、俺達のステージだけでなく、前座バンドのステージも充分堪能して貰いたい”というポールの言葉に相応しく、キッスのオープニングを務めてきたバンドのラインナップは凄い。ザッとあげてみただけでも、アクセプト、AC/DC、ビリー・スクワイア、ブラック&ぶるー、ボン・ジョビィ、アイアン・メイデン、ジャニー、ジューダス・プリースト、モトリー・クルー、W.A.S.P.、クイーンズライチ、スコーピオンズ、スティクス、38スペシャル、サミー・ヘイガー・・・等々・・・・。ポールいわく”スコーピオンズやアイアン・メイデンも素晴らしかったけど、ジョン・クーガー・メレンキャンプのようにスタイルが違うのにチャレンジしてくれたアーティストを高く評価したいね”とのこと。”でも、どうあれサポート・バンドに喰われることなんてあり得ないからね”と付け加えている。 THE ELDER:'81年11月に発表された初のコンセプト・アルバム。「DESTROYER」以来久々にボブ・エズリンがプロデュースを手掛けた作品であり、ストリングス等を多用した劇的サウンドが聴かれるが、故に”キッスらしからぬ作品”とも評され、賛否両論をよんだ。エースいわく”俺のギター・ソロは、実際に弾いた半分もレコードに入っていなかったよ”とのこと。で、このアルバムによりメンバー間に摩擦が生じたのも確かだ。邦題 魔界大決戦 TONY BON JOVI:ジョン・ボン・ジョヴィの叔父さんにあたる人物で、NYにある「パワーステーション・スタジオ」のオーナー。現在エース・フレーリーのマネージメントを担当している人物であり、フレーリーズ・コメットのデビュー・アルバムのプロデュースも彼が行う予定だ。尚、彼が今まで手掛けた作品には、ボン・ジョヴィの1STアルバム、エアロスミスの「ROCK IN A HARD PLACE」などがある。 UNMASKED: '80年5月に発表されたアルバム。タイトルからして”いよいよ素顔公表か?”と騒がれたが、アルバム・カヴァーにソレ風の漫画が描かれているだけで、”公開”はお預けとなった。シングル・カットされた"SHANDI"がヒット。プロデューサーは「DYNASTY」に続いてヴィニィ・ポンシア。邦題 仮面の正体 UNVEIL[正体を表す]: キッスがとうとうメイクを落とし素顔になるというニュースが発表されたのは'83年9月8日のこと。10日後の9月18日には、MTVのスペシャル・プログラムに、30分間ノー・メイクで出演した。 VINNIE VINCENT: ヴィニー・ヴィンセント、'56年8月6日生まれ。キッスの2代目ギタリスト。プロとしての最初のレコーディングは'69年(ということは13歳!?)で「ハンター」というバンドの一員としてだった。後には元ニュー・イングランドのゲイリー・シーン、ハーシュ・ガードナーらも在籍していた。ウォーリア(あの「FIGHTING FOR THE EARTH」のウォーリアとは違うバンド)でもプレイ。'83年8月25日に正式にキッスの一員となり、同年発表された「LICK IT UP」に参加しているが、'82年の「CREATURES OG THE NIGHT」におけるギター・プレイも約半分は彼のものとされている。キッス脱退後は、トミー・アルドリッジやルディ・サーゾとの接触、再びガードナーとバンドを結成との話もあったが、結果的には全く違う顔ぶれにより「インヴェイション」を結成している。 VINI PONCIA: ヴィニ・ポンシア。ピーターの「PETER CRISS」、そして彼らの「DYNASTY」、「UNMASKED」を手掛けたプロデューサー。他に同じカサブランカ所属だったファニー、メリサ・マンチェスター、リンゴ・スターなどの作品をプロデュースしている。 WHITE TIGER: ホワイト・タイガー。マーク・セント・ジョンの現在のバンドで、マーク(G)以外のメンバーは、デビット・ドナード(VO)、マイケル・ノートン(B)、ブライアン・ファックス(DS)という顔ぶれで、デヴィットは、イアン・ギランの後任としてブラック・サバスに加入し、レコードには1枚も関わらず辞めたあの人、マイケルはマークの実弟だ。既にアラン・ホールワーズのプロデュースによるデビュー作のレコーディングも終了しているはずだ。 WICHED LESTER: ポールとジーンが結成した、キッスの前身にあたるバンド。末期には現トゥイステッド・シスターのジェイ・ジェイ・フレンチも在籍していたことがあるという。 WIG[かつら]: 映画「RUNAWAY」用に髪を切ったジーンは、「ANIMALIZE TOUR」ではカツラを着用していた。'85年2月からは自毛のみでステージに立っているが・・・すなわち「ANIMALIZE LIVE UNCENSORED」の撮影時は、まだ、御愛用。 WON'T GET FOOLED AGAIN: ザ・フーの'71年のヒット・チューン。「ASYLUM TOUR」ではこの曲がアンコールで演奏された。ポール、ジーン、エリックが交互にヴォーカルを担当した。邦題は”無法の世界”また、他にもオン・ステージではレッド・ツエッペリンの”WHOLE LOTTA LOVE(胸いっぱいの愛を)”などがとりあげられている。 W.O.W.: ウェンディ・O・ウィリアムズのアルバム、W.O.W.はジーンのプロデュースによる作品だが、それだけではなく、ジーンが5曲、エリックが1曲で共作者としてクレジットされており、エリックとポールが1曲づつプレイ、加えてなんとエース・フレ0リーまでがギターで参加していた。恐るべき取り合わせ! X[エックス]: アルファベットの第24文字目の文字であり、キス・マークを示す文字でもある。加えて言うならば、あまりにもセクシーなポールのステージ上でのお喋りは”X-RATED”かも知れない・・・!? YOUNG MUSIC SHOW: '77年発来日公演の模様は、同年5月7日にNHKのこのプログラムでオン・エアされた。この番組でキッスを初体験したロック・ファンも少なくなかったはずだ。 ZAP[決定的に打ち負かす]: ライヴにおけるキッスの得意技。あの圧倒的迫力に打ちのめされないものはいない! |