実は、僕は増田と同学年で、KISSが初来日した'77年には高校2年だったのだが、僕にとってKISS,QUEEN,AEROSMITHの”御三家”は遠い存在だった。BEATLESで洋楽に入り、中学でLED
ZEPPELINとDEEP PURPLEにハマった僕は、高校の頃にはRAINBOW,KING KRIMSON,YES,BOSTON,ジェフ・ベックその他を聴いたり、より古い時代のCREAMやFREEに遡ったりしていたのだ。
勿論、同級生の中には御三家のファンもいたが、当時KISSやAEROSMITHに批判的な評論家も少なくなかったせいか、生意気盛りの高校生の僕としては、何故か知らねど”今ハヤリの御三家”を否定することこそ本当のロック・ファンである証だという気がしてしまったのだ。庄司薫ではないが、後で考えると「ギャッ」と叫んで赤面するようなことを若いうちは考えたり言ったりするものである。(皆さんも気をつけましょう)それにしても、当時の日本の雑誌の”御三家”の取り上げ方も酷かった。KISSやQUEENを推していた某誌での子供じみた取り扱いを見ていて、もう大人のつもりだった僕は「これは子供向けのマガイモノだ」と決め付けてしまった。
4つ下の学年の平野、前田、藤木あたりが「子供騙し」だ「いや凄いんだぞ」と言い合っているのである。音楽に何が成しうるか、ロックの芸術性とは・・・と青くさい論議を続ける僕や友人達にとって、御三家は考慮の外だった。だが、大学に入って心にゆとりが生まれた頃、僕はハタと考えた。僕はロクにKISSの音を聴いたことがないではないか。音を聴かずして批判など出来ようか(いや、出来はしない・・・反省)現に、高校の時ラジオでQUEENを聴いて好きになったじゃないか。自分がKISSをバカにしていたのは、雑誌の取材で道化を演じ、ライヴで血ヘドを吐いているイメージからではないのか?
そして、実際に音を聴いてみると、これが非常にいいのだった。初期のKISSは、BOCやNEW YORK
DOLLSを生んだNYのロック・シーンから出てきたバンドらしい硬質の”都会的ロック”をやっていた。土の臭いのするアメリカン・ブルーズ・ロックとは対照的なヘヴィ・メタル・サウンド。しかもKISSにはBEATLESからの影響とも思えるポップ・センスが備わっており、キャッチーなメロディ作りの才能があった。
誤解を恐れず言うなら”LED ZEPPELINがBEATLESの曲をやっているような音”が初期のKISSのロックだったのかもしれない。
あのメイクやパフォーマンスも、アメリカという巨大なマーケットを相手とする"究極のショウマンシップ”として捉えれば、戦略的に高く評価出来る。ひと握りの”高踏派”が何と批判しようと、”売れれば勝ち”である。
しかもKISSは商品が”本当に優れたハード・ロック”であったという点がBAY CITY ROLLERSあたりとは決定的に異なる。KISSの音楽には売るべき価値があった。KISSのーというよりジーンとポールー音楽的才能が”本物”だったからこそ、今もKISSは第一線で活躍しているのだ。
”キャラクターの異なる4人の集合体”という部分で、おそらく初期のKISSは手本はBEATLESだったろう。そこから出てきた”ジーンとポールの役割分担”は、メイクを落とした後のKISSにも受け継がれ、ポールは”セックス・シンボル”プラス”産業ロック”をジーンは”ヘヴィ・メタル”と”いかがわしさ”を担当している。
アリーナ・ロックの典型としてのKISSの今後の課題は、”誰に、どんな夢を売るか”なのではないだろうか。
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